超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

ライオン

「あの、すみません」
 西日の差す席に腰掛けていたライオンはおずおずと前脚をあげ、ウェイトレスを呼び止める。
「はい」
「あの、30分くらい前に、その……注文したんですけど……」
 ウェイトレスはみるみる不機嫌な顔になり、黙って厨房に引き返す。隅に仕掛けられたネズミ捕りには、案の定何もかかっていない。
 気まずそうに猫背を丸めるライオンのもとに戻り、「もう少々お待ちください」とだけ告げ、ウェイトレスは再び去っていく。その顔には「ネズミくらい自分で狩れよ」という表情が浮かんでいる。
 ライオンは未だ獲物の皮を切り裂く感覚を知らないその爪を神経質に噛みながら、空調の風にたてがみをなびかせている。彼に哀れみの視線を投げかける件の女の肉付きの良さには、いつまでも気づかない。