超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

予習

 ある春の夜、公園を歩いていると、静寂の中にかすかに蝉の鳴き声が聞こえた。
 まだ夜は肌寒いというのに、ずいぶん気が早い。何より、足元の方から聞こえてくるような気がする。
 誰かのイタズラかと思いつつ耳を澄ませてみたところ、どうやら樹の根元の地面に何かが埋まっているらしいということがわかった。
 周りに人がいないことを確かめ、手で土を掘っていく。
 爪の隙間にすっかり土が詰まってしまった頃、蝉の鳴き声の出所がようやくわかった。
 柔らかい土の中で眠りこける蝉の幼虫が装着していたヘッドホンがずれて、そこから音が漏れていたのだ。
 ヘッドホンを正しい位置に戻し、再び土をかぶせる。
 今年の夏には、今日の予習の成果を聞くことができるだろうか。