超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

慕情

 俺の住む町の海岸にある日、大量の手紙が流れ着いた。
 町の人々がそれを拾い集めて読んでみると、そこには覚えたてらしいたどたどしい文字で「わたしのこどもをかえしてください」と書かれており、傍らに幼いクラゲの絵が添えられていた。
 人々は口々に「かわいそうに」とか「手分けして探してやろうか」とか言っていたが、本当にそう思っている奴は一人もいなかった。
 俺も適当に話を合わせ、手紙をポケットに突っ込み、アパートの部屋に帰った。
「おかえりなさい」
 女房の声が聞こえた。
 襖を開けると、西日の強い部屋の真ん中、座布団にちょこんと正座している女房と、幸せそうな様子でその乳を吸っているクラゲがいた。
 クラゲも女房の乳房も、昨日より少し大きくなったように見えた。
「今日、あたしの顔を見て笑ったのよ」
「そう」
 俺は答え、さっきの手紙を細かくちぎって小便と一緒にトイレに流し、子育てで疲れている女房のために夕飯を作り始めた。