超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

掌編集・十三「煙突、口が痛い、虎と下着」

【一.煙突】

 友達と遊んだ帰り道、ふと何か嫌な気配を感じて後ろを振り返ると、近所の工場の煙突に大きな喉仏がくっついていて、夕焼け空を飛ぶ鳥の群れをごくごくと飲み込んでいた。


【二.口が痛い】

 口の中が痛くて目が覚めた。
 どうも口内炎や虫歯という感じの痛みじゃない。
 我慢できそうにないので、娘を保育園に送ったらすぐに病院に行こうと思い、とりあえず隣で寝ていた娘を揺り起こすと、娘が私の顔を見るなりケラケラ笑い出した。
 何事かと思って鏡を見ると、私の前歯のあちこちに小さな足跡が残されていた。


【三.虎と下着】

 動物園から虎が逃げました云々とラジオが言った。
 町のどこかをうろついています云々と町内のスピーカーが言った。
 虎は先週人を食べた罰に餌を抜かれていたので云々喉がとても渇いているそうです云々とテレビが言った。
 町じゅうの川に薬が溶かされましたとパトカーの拡声器が言った。
 そして町じゅうの川が桃色に染まった。
 困ったことになった。
 私は汚れた下着を洗うために町をさまよっていた。
 汚れた下着を母に見られたくなかったので、川で洗おうと思っていたのだ。
 私は綺麗な川を求めて歩き続け、やがて町の外れでそれを見つけた。
 川辺に腰かけ、ポケットから下着を取り出す。たくさん歩いたせいか、足と足の間がじんじんする。
 そっと川に触れてみる。水が冷たい。指先がかじかむ。しかし下着が汚れている。母に見つかる前に洗わなければいけない。
 気合いを入れて汚れた下着を洗い始めてすぐに、隣に大きな影が現れた。
 大きな影は私などには目もくれず川の水をごくごくと飲み始めた。
 私が下着を洗う音と、隣で喉を鳴らす音とが、奇妙に響き合っていた。
 ふいに背後で叫び声がした。
 声は私の名を呼んでいた。
 私は慌てて汚れた下着を手の中に隠した。
 しかし声はどんどん近づいてくる。
 隣で水を飲んでいた影が声の方へ振り向いた。そういう気配がした。
 声は私の名を呼ぶのをやめ、聞いたこともないような音の塊になり、すぐに消えた。
 背後で何かが何かを食べる音がした。
 下着の汚れはいつまで経っても落ちなかった。