超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

舞台用台本「ドーン」

(爆撃の音や銃声が聞こえる。)
(舞台の下手、「怪獣」の姿が浮かび上がる。)
(白いワンピースを着た華奢な少女。)
(「怪獣」は周りの砲撃の音に耳を塞ぎ、目を強く瞑る。)
(高まる砲撃の音。)
(「怪獣」はやがて胸を押さえその場に崩れるようにして倒れる。)
(断末魔の咆哮が響く。)

 

(舞台の上手、「若い男」と「若い女」の姿が浮かび上がる。)
(二人とも乱れた格好で眠っているが、やがて若い女が目を覚まし、テレビを点ける。)

 

若い女「(独り言)……あ、怪獣、死んだんだ」

 

(若い女、若い男の顔をからかうように撫でながら、)

 

若い女「怪獣、死んだって……」
若い男「(目を覚まし)うん……?」
若い女「怪獣、死んだって……」
若い男「(まだ半分眠っている)あ、そうなんだ……」

 

(「怪獣」の傍に、物々しい装備に身を包んだ男たちが集まる。)

 

若い女「(あくびして)仕事休みになんないかな……」

 

(若い女、若い男の上に覆いかぶさり、)

 

若い女「ね!」
若い男「(驚いて)何、何?」
若い女「仕事休みになんないかなって」
若い男「(寝ぼけて、しかし不安そうに)仕事休むの?」
若い女「行く行く。だってこれ(「怪獣」の方を指差し)関係ないし、別に」

 

(若い男、やっと起き出してテレビを観る。)
(若い女、身支度を整え始める。)

 

若い男「……これどこ?」
若い女「知らない」

 

(舞台下手で、巨大な機械の動く音が聞こえてくる。)
(「怪獣」の周りの男の一人が、足で蹴るようにして「怪獣」を仰向けにさせる。)

 

(舞台上手で若い女が、化粧を始める。)

 

若い女「あ、そうだ。台所にそうめんとかあるから、夜は適当にそれ食べて」
若い男「あい」
若い女「ハローワークちゃんと行きなよ」
若い男「行ったって無いんだもん、仕事」
若い女「(「怪獣」の周りの男を指差し)あれやればいいじゃん」
若い男「(笑って)やだよ」
若い女「ミサイルとか撃てるよ。ふふ」
若い男「いいよ、別に」

 

(機械の音、断続的に。)

 

(若い男、ぼーっとテレビを眺める。)

 

若い男「……あー。メスだって」
若い女「え?」
若い男「あの怪獣、メスだったんだって」
若い女「ふーん……」

 

(舞台下手、「怪獣」の周りの男たち、無線の指示を受け、一人を除いて全員去る。)
(残された一人の男は、「怪獣」をじっと見下ろしている。)

 

(舞台上手、相変わらず若い男はぼーっとテレビを眺めている。)
(化粧を終えた若い女、口紅を若い男に投げつける。)

 

若い女「ドーン」
若い男「痛っ。……何?」
若い女「ミサイル」
若い男「え?」
若い女「似てない?口紅。ミサイル」
若い男「(口紅を手に取り)……あー。……あー、うん」
若い女「(立ち上がり)じゃ、行ってくる」
若い男「うん」
若い女「仕事探せよ」
若い男「へいへい」

 

(若い女、「怪獣」の前を横切るようにして颯爽と去る。)
(若い男、髭を撫でたりしながらテレビに戻る。)

 

(断続的に機械の音が聞こえるが、情景に何も変化はない。)

 

(若い男、大きくあくびをする。)

 

(とつぜん、搾り出すような「鳴き声」が響く。)
(「怪獣」、ゆっくり身を起こし、傍らの男の足にすがりつく。)

 

若い男「お?」

 

(物々しい装備の男たちが一斉に戻ってきて、「怪獣」に向けて銃を撃ち続ける。)
(ゆっくり倒れる「怪獣」。)
(再び、断末魔の咆哮。)

 

若い男「……おー」

 

(若い男、しばらくそのままテレビを観ているが、やがておもむろに口紅を手に取り、)

 

若い男「……ドーン」

 

(と、口紅を「怪獣」めがけて放り投げる。)

 

<了>