超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

心臓とガラス

 目を閉じていても眠くならないので、目を開けると、ガラスの向こうに青空があって、その下で、係のおじさんが面倒くさそうに、俺の心臓を動かしているのが見える。

 ほかに見えるのは、ガラスに貼られた撮影禁止のステッカー、氷が溶けて汗をかいているグラス、その中の透明な液体、その底に沈んでいる泡、いつか食べた果物の皮の端っこ、だいたいそういうものだ。

 

 

 俺の心臓を動かしているおじさんの前を、二人組の女子高生が通りかかる。

 おじさんが女子高生に何か話しかける。

 十秒くらいの短いやり取りがあって、一人の女子高生が俺の心臓を手に取り、こわごわと動かし始める。

 おじさんからその女子高生に交代する時、一瞬心臓が止まって耳鳴りがする。

 

 

 いつもより少し速いテンポで、俺の心臓が動いている。

 心臓を動かしていない方の女子高生が、俺の方をにやにやしながら見ている。

 心臓を動かしている方の女子高生は、俺と心臓を交互に、泣きそうな顔で見ている。

 いつも俺の心臓を動かしているおじさんは、そんな二人をにこにこと見ている。

 おじさんは俺の係なのに、俺のことは全然見ていない。

 

 

 俺は女子高生のスカートから伸びる脚を見ている。

 作り物のようだと思う。

 やがて眠くなってきたので目を閉じると、女子高生の小さな悲鳴が聞こえてきて、つい笑ってしまった。