超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

舟とスプーン

 椅子に座る私の目の前に、氷水の入ったコップがあり、水面にひしめく氷の隙間には、小さな舟が浮かんでいる。

 小さな舟には人がいて、寝転んで空を眺めている。

 その人は誰でもいい。

 じゃあ私でいい。

 

 椅子に座る私はストローを取り出す。先っぽがスプーンになっているやつだ。

 椅子に座る私はコップにストローを挿し、氷水をゆっくりとかき混ぜる。

 舟に寝転ぶ私は驚いて、必死に舟にしがみつく。

 椅子に座る私はそれがかわいそうで仕方がない。

 だから椅子に座る私は氷水をかき混ぜる手を止める。

 水面にゆっくりと平穏が戻る。

 舟に寝転ぶ私はおそるおそる舟から身を乗り出し、ゆっくり水底を覗き込む。

 

 舟に寝転ぶ私は体を震わせて怯え出す。

 椅子に座る私はそれがかわいそうで仕方がない。舟に寝転ぶ私が怯えている理由が痛いほどわかるからだ。

 ストローの先っぽがスプーンになっていることが、なぜだかわからないがむしょうに恐ろしいのだ。