超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

 象を飼いはじめたよ。

 象? 

 あの、鼻の長い。

 あの象?

 うん、あの象。

 ふうん。

 

 

 象はどう?

 象は温かいよ。

 象は吠える?

 象は吠えないよ……少なくともうちのは。

 象は何を食べる?

 色々だよ。

 色々?

 草とか果物とか……穀物……芋……。

 象といて楽しい?

 象といて楽しいよ……今のところは。

 ふうん。

 

 

 象はどう?

 象は飽きちゃったよ。

 象を捨てるの?

 捨て……欲しいの?

 いや、どうするのかと思って。

 食べるよ。

 食べる?

 うん。

 象を?

 うん。

 ふうん……。

 

 

 きみは××君と親しかったね?

 ええ、まあ。

 ××君の無断欠勤がもう一週間も続いているが、何か知っているか?

 いえ、特に。

 仕事帰りに××君のアパートに……。

 様子を?

 ああ。

 わかりました。

 

 

(貨物の線路の傍にある古いアパートの階段を上がり、××の部屋のドアをノックする。返事はない。)

(ドアノブを回すと、あっさりドアは開く。腐った果物とうんこの臭いが漂ってくる。)

(玄関を上がってすぐ台所があり、その先に部屋があって、月明かりが差し込んでいる。その月明かりの中に、何か小さな塊のシルエットが見える。)

(家に上がり、用心しながら電気のスイッチを入れる。視界がパッと明るくなる。)

(いっぱいの水を湛えた衣装ケースのほかに、家具らしい家具もない部屋。その部屋の真ん中に、噛み千切られたような断面の象の鼻だけが大きなヒルのように横たわり、ピクピクと脈打っている。)

(鼻孔には××がよく着ていた服の切れ端が詰まっている。××の気配はまったく感じられない。)

(薄いカーテンの向こうにベランダが見える。林檎の絵が描かれた段ボール箱が乱雑に積み上げられている。)

(貨物列車が通りすぎる。ものすごい轟音が辺りを包む。部屋がわずかに揺れる。積まれた段ボールがかたかたと震える。)

(貨物列車が走り去り音がやむ。急に部屋がしんとする。)

(ふいに鼻をすする音が聞こえてくる。足元に目をやる。)

(象の鼻孔に詰まっていた××の服が、少しずつ吸い込まれていくのが見える。)

(やがて××の服は鼻孔の奥へと消える。象の鼻は少し痙攣したあと動かなくなる。)

 

 ふうん……。

 

(しばらくそれを眺めている。)

(携帯が鳴る。上司からの着信と表示されているので無視しておく。)

(象の鼻を拾い上げ、流し台の三角コーナーに捨てる。)

(電気を消して部屋をあとにする。)

(階段を下りる音が大きく響く。)