後部座席でうとうとしていたら山道の途中で車が止まった。
「ガス欠だな」と父さんが言った。
「さっき入れたばっかりじゃない」と母さんが言った。
父さんと母さんが車を降りてあちこちを調べ始めた。私と妹はぼんやりした目でそれを眺めたり眺めなかったりしていた。
ふいに父さんが母さんを呼ぶ声がした。妹がいる席のすぐ外で。
身をよじってそちらを見ると、給油口の中から誰かの細くて白い腕が伸びていた。
「**だな」薄く開いた窓から父さんの声が聞こえた。
「**さん?」母さんがうんざりしたように答えた。
私は眠気のこびりついた頭に**叔父さんの顔を思い浮かべた。父さんの家の誰にも似ていない、エドガー・アラン・ポーの偽者みたいな、暗くて冴えない顔。
妹が小さなため息をついた。窓ガラスが妹の息で一瞬曇った。その向こうで、父さんの持っている懐中電灯に照らされて、白い腕はぶらぶらと揺れていた。
父さんは携帯で誰かに電話をかけながら運転席に戻ってきた。母さんはため息をつきながら助手席に戻ってきた。
入れ替わるようにして妹が車を降りた。開いたドアから夜の冷たい空気が流れ込んできて肌をくすぐった。
「やっぱり留守だな」と父さんが言った。
「何してんの戻りなさい」と母さんが言った。
妹は近くの茂みに生えていた何かの植物の実を二、三個もぎ取り、給油口の白い腕に手渡した。
腕は品定めするように、薄い毛の生えた指でしばらく植物の実をこねくり回したあと、ふいに引っ込んだ。
妹は給油口のカバーを閉め、自分の席に戻り、眠る体勢に入った。
父さんと母さんが妹に何か怒鳴ろうとした瞬間、車がのろのろと動き出した。父さんは慌ててハンドルを握り、母さんは呆然と妹の顔を見ていた。
私は目を閉じ、座席のシートに顔を埋めた。シートの内側から何かの実を噛み潰しているような、ぐちゅぐちゅという音が聞こえてきた。私の顎の下に妹が小さな頭を潜り込ませてきた。私は妹の髪を撫でながら眠りに落ちた。私達はそのまま家に帰った。
父さんと母さんは結局、妹を叱りもしなければ誉めもしなかった。**叔父さんとは二度と連絡がつかなかった。