超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

花と首輪

 近所に住んでいたお姉さんの家の庭にあった花壇では、全ての花に首輪がはめられていた。古い布やリボンを加工したお姉さん手作りの首輪で、結構ちゃんとしたものだったと思う。お姉さんの家の傍を通ると、花壇から伸びたたくさんの首輪の紐が、庭に面したお姉さんの部屋の窓の向こうに繋がっているのが見えて、いつも僕は前にテレビで見た、船出の時の紙テープみたいだなと思っていた。

 

 

 何かの用事があって、一度上がらせてもらったお姉さんの部屋には、本がたくさん置いてあった。漫画もちょっとあったけど、だいたいは文字の本ばっかりだった。お姉さんはしょっちゅう新しい本を買ってもらうのだと言っていた。時間が余っているからすぐに読み終わってしまうというのもあるけど、と続けながら、お姉さんは外国語で書かれた分厚い本を手に取った。

 これ作るの。そう言いながら彼女がめくったページには、押し花が挟まれていた。それは花壇に生えているのと同じ花だった。だから本といっしょに花も買ってもらって、押し花になった子のところに、植え直すのよ。その時に首輪もつけるんですか? そうよ。だって、そうしてあげないと……。お姉さんはそこで言葉を切り、少し困ったような顔をしてうつむいた。何かを考えているようだった。僕はしばらく続きの言葉を待っていたが、結局お姉さんは諦めたようにパタンと本を閉じ、弱々しく微笑んだだけでそれきり何も言わなかった。

 窓と花壇の間に渡された首輪の紐に、蝶がとまった。お姉さんは蝶をしばらく見つめたあと、紐の束を軽く振った。しゃらしゃらと小気味よい音がして、蝶が飛び立った。窓の向こうで花たちが、虚ろに花弁を揺らしていた。

 

 

 僕はその時からずっと、お姉さんの家の花になりたいと思っていた。でもお姉さんは若くしてあっさり死んでしまった。お姉さんの家はびっくりするような早さで取り壊され、花壇があった庭はコインランドリーになった。

 その場所を通ると、今でも首の辺りが少しむずむずする。