超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

遊園地と酒(改訂)

 電話で自宅に遊園地を呼んだ。こういうものを利用するのは初めてだった。そわそわしながら待っていると呼び鈴が鳴った。

 注文したとおりの遊園地だった。若くはないが魅力的な目をしていた。厚手のセーターの下で、ゴツゴツとした鉄の塊が静かに息をしている。手には酒の入った籠を持っていた。

 アパートの廊下に目を配りながら、部屋に入れた。片付けてはおいたが、男の一人暮らし独特の臭いは消えない。それが何だか恥ずかしかった。適当な世間話をしていると、遊園地が「シャワーお借りしていいですか?」と言うので風呂場に案内した。いっしょに入らなければいけないという決まりがあるというので、いっしょにシャワーを浴びた。一人でも狭い風呂場はもうぎゅうぎゅうだった。しかし遊園地は慣れた感じで器用に体を動かしながら僕の体を洗い、世間話を始めた。僕は遊園地の鉄の肌がシャワーの水を弾く様子を何となく見つめながら、ずっと当たり障りのない返事をしていた。

 僕はのぼせそうだったので、先に風呂場から上がり、ラジオを聴いていた。ガーシュインの「エンターテイナー」が流れていた。しばらくすると、バスタオル一枚の遊園地が風呂場から出てきて、遊具のあちこちから湯気を漂わせながら、僕の隣に座ってにこりと微笑んだ。僕が黙っていると遊園地は籠に入った酒瓶を一本手に取り、慣れた手つきで栓を抜いた。爽やかな香りが弾けた。シャンパンのようだ。遊園地は瓶に直接口をつけて半分ほど飲み干したあと、残りを僕に差し出してきた。そこではじめて喉がカラカラなことに気づいた。何をそんなに緊張しているのか。僕は受け取ったシャンパンを一気に飲み干した。

 突然頭がぼうっとして、気がつくと遊園地が僕に跨っていた。ラジオはいつの間にか消えていた。ベッドが軋むたびに、あちこちから風船が舞い上がり、見慣れた部屋の天井をゆらゆらと漂っているのが見えた。

 気持ちよさに恍惚としていると、とつぜん左足に鋭い痛みが走った。見ると、腿の辺りから血が出ていた。メリーゴーラウンドの屋根の先端が刺さったらしい。血が止まらない。どうするべきか考えていると、遊園地が僕に跨ったまま体をぐぅと曲げ、鉄の舌で腿の血を舐め取った。観覧車のゴンドラの窓に、僕の瞳がくっきりと映っていた。遊園地が笑ったので、僕も笑うことにした。部屋の隅で、厚手のセーターがきちんと畳まれて、時間が来るのを待っていた。