超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

虹と獣

 明け方にようやく雨は上がり、街の空に虹がかかった。あまりに見事な虹だったので、ベランダに出てぼーっとそれを眺めていると、辺りが急に獣臭くなった。尋常ではない臭いだったので、部屋の中に戻り、慌ててガラス戸を閉めた。顔を上げると、獣臭さの原因がすぐにわかった。空に犬がいた。虹より少し小さいくらいの大きさの犬の顔が、空にぽっかりと浮かんでいた。

 犬は虹に鼻を近づけて、しばらくくんくんにおいを嗅いでいたが、やがて何かピンと来たらしく、大きな口を開けて虹をパクリとくわえた。犬がそのまま顔を引っ込めると、虹はいとも簡単に地面から離れ、犬とともに空の中に溶けるように消えていった。もう一度ベランダに出てみると、獣臭さも既に消えていた。せっかくの見事な虹だったのにと残念に思ったが、犬の様子が何となくかわいらしかったので、怒る気にはならなかった。

 部屋に戻り朝食を食べているとき、犬が虹をくわえ去った方の空から、犬を叱るような怒鳴り声と、犬の頭をぽこぽこ叩くような音が同時に響いてきた。ちょっとかわいそうな気がした。

 次の日の朝カーテンを開けると、昨日よりも大きな虹が街の空にかかっていたが、そんなことより犬をちゃんと洗ってあげてほしいと思った。