トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

傘と男

 雨が降っている。私は傘をさして道を歩いている。十字路を右に曲がり、私は人気のない細い路地に入っていく。

 私の前を人が歩いているのが見える。大きな黒い傘をさしている。大柄な男だ。私はぼんやりとその後姿を見ながら、とぼとぼと家路を急ぐ。

 雨は止む気配を見せない。かといって強くなるわけでもなく、ただ惰性のように降り続いている。

 前を歩いていた男が、ふと立ち止まる。私もつられて立ち止まる。男は傘の内側で何やらもぞもぞと頭を動かしている。何をしているのだろう。私は目をこらす。

 すると男はとつぜんポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。

「もしもし、俺だけど……」

 気のせいだろうか。男の背丈が何となくさっきより低く見える。

「ちょっと今日……」

 男が傘の柄から手を離した。

「行けそうに……」

 男の声が中途半端なところで途切れて、棒立ちのまま動かなくなった。よく見ると男の手から離れた黒い傘が、燃料の切れた気球のように、ゆっくりゆっくり地面に落ちていく。しかしさっきまで男の頭があった場所に、向こうの風景が見えているところを見ると、どうやら傘は地面に落ちながら、その内側に男を吸い込んでいるらしい。

 やがて傘は地面にたどり着くと、私に見せ付けるようにくるりとその場で一回転した。男の姿はもう跡形もなかった。それから傘はとつぜん吹いてきた風に巻き上げられ、道の先にある大通りの方へ飛んでいき、トラックに踏み潰されて粉々になった。雨はいつの間にか止んでいた。

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