超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

肉と鍵

 窓を開けてうとうとしていたら、黒くて小さな何かが飛んで来て腕にとまった。どうせ蚊だろうと思いそっと目を開けると、見たこともない妙な虫が、私の腕の上をうろうろ歩き回っていた。すぐに叩き潰してもよかったのだが、わざわざ体を動かすのも面倒だったので放っておくことにした。やがて、寝ぼけ眼で虫を観察しているうちに、その小さな体の移動に合わせて、何かかしゃかしゃと涼しげな音が響いていることに気が付いた。よくよく目をこらすと、その妙な虫は腰の辺りに鍵の束をぶら下げていた。

 しばらくすると、妙な虫は適当な場所を見つけたらしく、私の腕にどっかり腰をおろした。それから鍵の束の中から金色に輝く鍵を取り外し、私の青白い皮膚に突き刺して、ぐるぐると捻りはじめた。

 もちろん多少驚いたが、痛みはまったくなかったし、どちらかというと珍しい出来事に遭遇したという気持ちの方が勝って、おとなしくそれを眺めていた。しかし、腕の内側から「がちゃん」という音が聞こえてきた途端、私の全身を恐怖と怒りが駆け巡るのを感じた。

 次の瞬間私は、その妙な虫を叩き潰していた。

 私の腕には皮膚に深く突き刺さった小さな鍵と、体液にまみれてへばりつく妙な虫の死骸が残された。それを眺めているうちに、体じゅうの力が抜けていくような倦怠感が私を襲った。とりあえず立ち上がり、部屋の窓を閉めることにした。しかし、そのあとに何をすればいいのかがいつまで経っても思いつかなかった。