超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

影とアヒル

 影が水っぽい。疲れることばかり続いているせいかもしれない。歩くとちゃぽちゃぽ音がする。神経に障る音だ。近所の子どもが面白がって後ろを付いてくる。しかし追い払う気力もない。

 ふいに、とぷん、と何かが投げ込まれる音がした。振り返るとさっきの子どもが、私の影におもちゃを浮かべている。黄色いアヒルのやつだ。叱ろうとするが喉が詰まって声が出ない。とても悲しい。どういうわけだろうか、私の影におもちゃを投げ込まれた、それだけのことがとても悲しい。

 私はその場にうずくまってしまった。子どもはアヒルを指でつついて泳がせている。そのうち夕日が傾き出して、水っぽい影はどんどん道に広がっていく。ついていないことに、ここはゆるい坂道になっているから、どんどん収拾がつかなくなっていく。坂に影が流れていく。アヒルのおもちゃは影の先っぽに浮かびながら、坂道をずんずん下っていく。その姿は未知の海域を探検する海賊船のように勇ましい。子どもはもう喜色満面だ。

 坂の下からやってくる人々が、子どもに対する微笑みと、私に対する侮蔑と同情とをない交ぜにしながら、うずくまる私を横目で見て去っていく。私だけが坂道の途中で、うずくまったまま動けない。ふと目を上げる。アヒルと子どもはもうあんなに遠くだ。夜が来ない。夕暮れが長い。