超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

 昔私の幼いある日、母がパートから帰ってくるなり、あんたちょっと背筋を伸ばして、そこにまっすぐに立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。

 

 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しながら、私の頭のてっぺんから、すーっと、私の芯を抜き取った。芯を抜かれた瞬間、私の体はふにゃふにゃになり、そのまま床に崩れ落ちてしまった。そんな私をまるっきり無視して、夕日の差し込む六畳の部屋で、母は私の芯をじっと見つめていた。

 

 私は目だけ動かして、母の握っている私の芯を見た。

 濁った透明を固めて棒にしたような私の芯。

 そこには“はずれ”と書かれてあった。

 

 母は何度も“はずれ”の文字を読み返して、それからなんにも言わずに、ただ小鼻をちょっとだけ膨らませて、私の体に私の芯を戻した。そのときの戻し方が雑だったから、私の背中はこのように少し曲がってしまった。だからといって私に母を責める資格はない。私ははずれだから。母はそれから何事もなかったように夕飯の支度をし始めた。私は観たいテレビを観ながら、まあ、少し泣いた。