娘が、亡くなった妻の似顔絵を描いた。
画用紙いっぱいに、ちびたクレヨンで、亡くなった妻の笑顔を描いた。
とてもよく描けているし、何より娘が自慢気なので、絵は台所の壁の、一番目立つ場所に貼ることにした。
ある日の早朝、ふと目が覚めると、隣で寝ていた娘がいない。不審に思って部屋の扉を開けると、ちょうど娘が台所から出てくるところだった。「喉が渇いたの」と言っていたので、「そうか」とだけ返したが、娘の利き手の側面に、クレヨンの跡がついていたのが、気になった。
別の日の朝、ふと目が覚めると、娘がベッドを抜け出すところだった。片手にはクレヨンの箱を握りしめていた。気づかれないように後を追い、そっと様子を見ていると、娘は台所の壁に貼られた、亡くなった妻の似顔絵に、何か描き足そうとし始めた。
そこで「何してるの」と声をかけると、娘はとても驚いた顔をした後、すぐに観念したように口を開いた。
「パパには内緒にしておいて、って言われてたんだけど」
「誰に」
「ママに」
娘は亡くなった妻の似顔絵を指さした。見ると、絵の中の妻の髪が汗で額に張り付き、衣服ははだけ、下着は乱れていた。
「これを、描き直してたのか、毎朝」
「うん、元通りに」
「大変だったろ」
「まあね」
「もういいから、バスの時間まで寝てなさい」
娘はクレヨンを箱にしまい、ちらりと私の顔を見て、静かに寝室に戻っていった。
私はもう一度、亡くなった妻の似顔絵を見た。こちらを見つめる笑顔の下、何度も塗りつぶされたらしい首筋に、誰かの唇の跡が残っていた。台所の小さな窓から、朝の光が差し込んでいた。喉が渇いていた。