超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

古傷と桃缶

 真夜中まで残業していたとき、電卓のキーを叩いた拍子に、厚紙を折り曲げたときのような感触とともに、人差し指の先っぽが、折れてちぎれてしまった。

 セロハンテープを何重にも巻いて、きちんと補修してはいるのだが、何だか最近、壊れやすい。

 そこで、指の継ぎ目に重なるように指サックをはめて、その上からセロハンテープを貼ってみた。これもまたいつ取れてしまうかわからないが、前よりはちょっと丈夫になった気がしたので、気持ちを切り替えて、仕事の続きに取りかかった。

 

 夜が明ける頃、一度家に帰り、ご飯を食べようと思ったが、冷蔵庫はやっぱり空っぽだった。

 仕方なく流しの下を見ると、いつ取れたのだかわからない、ガムテープまみれの手首が転がっていて、その横に、実家から送られてきた桃の缶詰が埃まみれで置かれていた。

 そういえば缶詰を開けようとして、手首ごと取れてしまったことが、あった気がする。それで確か、死んだ先輩の奥さんが、今の手首を安く譲ってくれたんだっけ。

 そんなことを思い出しながら桃の缶詰を開けると、すえたようなにおいが鼻をついた。お腹を壊すかもしれないけど、しかし、このほかに何も無いので、缶詰に指を突っ込んで、しなびた桃を頬張った。美味くも何ともなかった。

 最後に残ったシロップを、飲むのが子供の頃から好きで、ホチキスで留めた唇を切らぬよう注意しながら、缶詰に口をつけて、シロップを飲みこんだ。すると首と喉をつないでいる部分の糊が剥がれ、その隙間から、シロップが全て流れ出てしまった。床にびちゃびちゃ広がったシロップは、今さら甘い匂いを漂わせていた。それを眺めていたら、涙が溢れて止まらなくなった。

 

 いつの間にか床を見つめたまま、寝てしまっていたらしい。始発の列車が通りすぎる音ではっと目を覚ますと、さっき流した涙のせいでビニールテープの粘着力が弱くなったらしく、顔の真ん中で鼻がぷらぷら揺れていた。