超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

心臓と機械

 中学時代の、同窓会に行った。三十年ぶりに会ったクラスメートたちはみな、半透明の四角い機械になっていた。

 僕が宴会場の襖を開けると、機械たちは一斉にガビガビと妙な音を発した。どうやら歓迎してくれているらしかったが、どの機械が誰なのかよくわからないので、挨拶しようにもやりようがなく、僕は曖昧な会釈を繰り返し、適当な場所に腰かけて、黙ってビールを飲んでいた。

 簡素なスピーカーとアンテナが据え付けられたその機械には、それぞれの心臓だと思われる赤い肉の塊が埋め込まれていて、誰かがスピーカーから冗談を発すると、笑い声に合わせて、微かに振動したり、微かに光ったりしていた。どの機械も楽しそうにしていたが僕は、人間の姿をしているのが僕だけだったので、申し訳ないような、寂しいような、何だか落ち着かない気分だった。

 三本目のビールを開けたとき、宴会場の従業員が、僕の隣にそっと一つの機械を置いて、お辞儀をして去っていった。何なんだろうと考えていると突然、「久しぶり だな」と機械が言った。

 よく見ると機械には“星野明”と書かれた名札がぶら下げられており、それで僕はその機械が、野球部でバッテリーを組んでいたかつての親友だということがわかった。努めて明るく「久しぶりだね」と僕が返すと、「ほんとに 久しぶり だ」と答え、それきり星野は黙ってしまった。

 ノイズだらけの笑い声が飛び交う座敷の隅で、僕と星野はしばらくじっと見つめ合っていた。宴はどんどん盛り上がっていくようだった。そのうち段々とそれが息苦しくなってきて、どうして星野は僕のところにやってきたんだろう、そう思いながら豆腐をつまんだとき、ふいに星野が「お前は まったく うまく やったな」とつぶやいた。

 背中に嫌な汗が流れた。

 小さな豆腐の塊を、やっとの思いで飲み込んで「何のことだよ」と答えようとすると、星野はそれを遮るように「お前は まったく うまく やったよ」と、低いが鋭い声でつぶやいた。小さく赤黒い星野の心臓を見ると、ひくひくとせわしなく鼓動していた。座敷が急にしんとした。他の機械も僕らの様子を窺っているようだった。

 僕はいたたまれなくなって部屋をとび出し、後ろも振り向かずタクシーに乗り込んだ。外は霧雨が降っていて、車窓には街の灯が滲んでいた。薄い胸板の下の心臓が、痛いくらいにドキドキしていた。