超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

袋の中身と夕暮れの部屋

 夕日の差し込む、小さな部屋に、私とその人がいる。私は窓辺に腰かけて、その人が好きな漫画を読んでいる。その人は薄い布団にくるまって、私の好きな画集をめくっている。遠くで犬が鳴いている。

「背中がかゆい」

 とその人が言う。

「そう」

 と私が答える。

「背中、掻いてくれる」

 とその人は言って、私が何も答えないうちに、布団の中からコンビニ袋を取り出す。

「何、これ」

 コンビニ袋を受け取る。ずっしりと重い。中を覗くと、白くてぶよぶよした塊がいくつも入っている。

「背中」

 その人はそうつぶやいて画集をめくる。遠くの恋人に電話をかける男の絵が現れ、その人はそれを眺めている。

 私は袋の中から、白くてぶよぶよした塊をいくつか適当に取り出す。どれもこれも同じに見えるけど、やがて一つだけ蚊にさされた跡が残っているものを見つけた。

「これかな」

 私は誰にともなく問いかけて、その人は何も言わない。白くてぶよぶよした塊を掌に乗せて、蚊にさされた跡を爪の先で、軽く掻いてみる。

「ああ、そこ」

 その人は小さな声でそう言うと、気持ちよさそうに目を閉じた。

 白くてぶよぶよした塊を掌に乗せて、蚊にさされた跡を爪の先で、軽く掻き続ける。その人はいつの間にか寝息を立てている。

 それを見ているうち、華奢な体をくるんでいる薄い布団を引っぺがし、その人の背中を見てやりたい衝動に駆られるが、その人を失うことになりそうで、私はぐっとこらえる。

 白くてぶよぶよした塊を掌に乗せたまま、少しだけ揺らしてみる。温かくて柔らかくて、簡単に傷ついてしまいそうだ。蚊にさされた跡に爪の先で×印をつけてみる。その人が眠りながらぴくりと反応する。私は思わずくすりと笑って、白くてぶよぶよした塊を、そっとコンビニ袋に戻し、その人が好きな漫画に戻る。

 遠くで犬が鳴いている。部屋に夕日が差し込んでいる。