超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

影と悪戯

(キッチンの白いテーブルクロスの上に、真っ赤な林檎が置かれている。柔らかい午後の陽にてらされて、林檎から青みがかかった影が伸びている。)

(古くさい椅子に腰掛けて、静かに寝息を立てていたKちゃんが、林檎の香りに鼻をくすぐられ、ふと目を覚ます。寝ぼけ眼のKちゃんは、林檎に手を伸ばす。)

(が小さいKちゃんは林檎に手が届かない。)

(Kちゃんの小さな指はしばらくじたばたしたのち、何気なく林檎の影をつまむ。すると林檎の影はあっけなく林檎から剥がれる。)

(Kちゃんは剥がした影を、宝物を見るような目で見つめる。それから影を、お母さんから渡されたハンカチに大切に包んで、ポケットに入れる。)

(Kちゃんは林檎の影を誰かに見せたい。椅子から下りておねえちゃんの部屋に行く。)

(中学生のおねえちゃんは、勉強に疲れてベッドで寝ている。Kちゃんはおねえちゃんを揺り動かすが、おねえちゃんは起きない。Kちゃんはふくれっ面。)

(ふと見ると、おねえちゃんの投げ出された腕が、部屋の床に影を作っている。Kちゃんはそれを見て、腕の影のかたちが、いつか絵本で見た林檎の樹のかたちに似ていることを思い出す。)

(Kちゃんは林檎の影をハンカチから取り出して、おねえちゃんの腕の影の先にこっそりくっつける。林檎の影の重みで、おねえちゃんの腕が少し揺れる。)

 

(その日の晩、ご飯を食べながら右腕が何となく重いことに首をかしげるおねえちゃんを見て、Kちゃんはほくそえむ。)

 

「Kちゃんどうしたの?」

「べつに!」

 

(流し台では、影のないことに気づかないまま、お母さんが林檎を剥いている。)