(よく整えられた美しい病室のベッドで、目覚めない僕が眠っている。)
(傍らには彼女がいて、目覚めない僕の髪を撫でながら、目覚めない僕の顔を覗き込んでいる。)
(やがて彼女は堪えきれなくなった様子で、はらはらと涙を流しはじめる。目覚めない僕の乾いた肌に、彼女の涙がぽたぽた落ちる。)
(僅かに開かれた病室の扉の隙間から今日も、評判を聞きつけた大勢の人々が、その様子を覗いている。彼女のかすかな嗚咽と、人々のため息や呻き声が、病室の静寂を引き立てる。今日はビデオカメラの回る音もする。)
(彼女は涙を絶対に拭わない。そのかたくなさが、人々の胸を打つ。)
(そのうち心得顔の看護婦がやってきて、そっと病室の扉を閉める。扉の向こうからそれでもかすかに、彼女の嗚咽が漏れ聞こえる。)
(人々は涙を拭いながら、今日見た光景を詩にしたり漫画にしたり哲学の肥やしにしたりするために、家路を急ぐ。)
(よく整えられた美しい病室は、目覚めない僕と、僕に寄り添う彼女だけになる。)
(目覚めない僕の乾いた肌に落ちた彼女の涙を、彼女はじっと見つめている。僕の額に汗が滲む。)
(彼女の涙はじわじわと、僕の肌の下に根を張って、目覚めない僕の血を吸い始める。)
(彼女は堪えきれなくなった様子で、くすくす笑う。その傍らで彼女の涙は、僕の肌の上に茎を伸ばして葉を生やし、それにも飽きて花を咲かせる。)
「油で炒めて、いただくんです」
(彼女は僕にそう言いながら、笑顔でその花を摘み取っていく。目覚めない僕は目覚められない。)