超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

蝶と蜂

 家具のない真四角の部屋があり、床には無数の卵の殻が散らばっている。その中に埋もれるように、白いパジャマの少女が眠っている。部屋の窓は曇り、扉には苔が生えている。どちらももう何年も開かれていない。

 少女の寝息の隙間を縫うように、部屋の外から、かすかな朝の物音がきこえる。白く濁ったガラス越しに、朝の光が差す。

 少女がうっすら目を開ける。学校へ急ぐ子供たちの足音と、ランドセルに吊り下げられた給食袋の揺れる音が、少女の頭の上を通り過ぎていく。

 朝の喧騒が消え去ると、少女はおもむろに体を震わせて、太腿の間に手を突っ込み、下着の中を指でまさぐる。

 少女がふっと息を吐き、突っ込んだ手を下着から出すと、濡れた卵が握られている。

 少女は寝転がったまま、卵を日向に置いて、歌を聞かせる。卵はかすかに花の匂いがする。

 

 子供たちが給食のメニューに一喜一憂する頃、少女の部屋では、少女の卵が割れる。

 殻を破って蝶と蜂が飛び立ち、狭い部屋のあちこちを気ままに飛び回る。少女はそれを、じっと見ている。

 遠くで午後の授業の鐘がなる頃、さっきまで部屋の中を飛んでいた蝶が、あっという間に蜂に食われてしまう。少女は寝転がったまま、観察ノートにその一部始終を書き記す。

 

 満腹になった蜂は、少女の唇を六本の細い脚で愛撫する。それに応えるように、少女は唇を開けて、ねばつく暗がりの奥から長い舌を出し、蜂を飲み込む。そうすると少女は眠くなってしまうので、観察ノートは開かれない。

 眠る少女の頭の上を、放課後の帰り道を急ぐ、子供たちの声が通り過ぎていく。