超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

灰とつま先

 今朝、満員電車の床に、線香が一本立っているのを見た。サラリーマンやOLや学生や、詩人みたいなのや漫才師みたいなのの林立する脚の間に、線香が一本、凛々しい女のように、背筋を伸ばして立っていた。人々のため息や朝の囁きが、たちのぼる煙を時折かすかに揺らしていた。

 電車は何事もなく線路を走り、駅を過ぎるたびに、線香は少しずつ崩れていき、そのうちうとうとして少し目を離した隙に、もう小さな灰の山になっていた。

 その朝電車は、一分遅れで駅に着いた。

 車掌はなんにも言わなかった。

 やがて扉が開き、大勢の乗客のつま先が、駅のホームに灰を散らした。革靴の先を白く汚して、男や女がビルに吸い込まれていった。