超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

距離と梯子

 ある晩、おじいさんになったT君がやってきて、梯子を貸してくれと頼まれた。お安い御用だと、彼の家まで梯子を運ぶと、T君は梯子に昇り、夜空に浮かぶ真ん丸の月に、若くして死んだ彼の奥さんの帽子をかぶせた。

 梯子を降りたT君は、「俺が持ってても仕方ないから」と言い残し、帰っていった。

 次の満月の夜、再びT君がやってきて、梯子を貸してくれと頼まれた。今度は黙って梯子を貸すと、T君は梯子に昇り、夜空に浮かぶ真ん丸の月に、若くして死んだ奥さんの似顔絵を描いた。

 面長で痩せていた奥さんだったが、真ん丸の月に描かれたせいで、ずいぶんふくよかになったように見えた。

 梯子を降りたT君は、「あいつはこれくらい肥っていた方が可愛かったんだ」と言い残し、帰っていった。

 後日T君から小荷物が届いた。箱の中にはお礼の手紙と、彼の奥さんがレシピを残したという松前漬が入っていた。