超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

皮膚と風(let it be)

 八階建てマンションの屋上に、象がいた。
 飛び降り自殺を企てているのだろうと、町の人々は噂した。

 その象の背中の上が、この町で一番高い場所だった。
 幼い頃、僕と妹は象の背中にのぼり、遠くの山に、勝手な名前をつけて遊んでいた。

 ある日前触れもなく象は屋上から飛び降りて、僕らの遊び場は無くなってしまった。
 花壇と自転車置き場の間、雨のにおうコンクリートの褥に、象は冷たくなって、横たわっていた。
 僕は泣いたが、妹は象の銀色のまぶたに手をかざし、目を閉じさせてやっていた。

 あれだけ熱中して考えた山の名前は、今ではもうすっかり忘れてしまった。