八階建てマンションの屋上に、象がいた。
飛び降り自殺を企てているのだろうと、町の人々は噂した。
その象の背中の上が、この町で一番高い場所だった。
幼い頃、僕と妹は象の背中にのぼり、遠くの山に、勝手な名前をつけて遊んでいた。
ある日前触れもなく象は屋上から飛び降りて、僕らの遊び場は無くなってしまった。
花壇と自転車置き場の間、雨のにおうコンクリートの褥に、象は冷たくなって、横たわっていた。
僕は泣いたが、妹は象の銀色のまぶたに手をかざし、目を閉じさせてやっていた。
あれだけ熱中して考えた山の名前は、今ではもうすっかり忘れてしまった。