超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

夜と舟

 夜中、小腹が空いたのでコンビニに行くと、駐車場の隅に小さな舟が停まっていた。ボートのような立派なものではなく、昔話に出てくる漁師が乗っているような木製の舟だ。見ると、今しがた海から上がったばかりといった風で、中には縄や木片、貝の殻なんかが雑然と散らばっている。ここから一番近い海でも車で何時間もかかるし、舟を運んできたらしい乗り物も見当たらなかったから、変だなと思っていると、舟からコンビニに向かって濡れた足跡が続いているのに気がついた。

 追っていくと、妙な格好をした男女が店の前にいて、何やらごしょごしょ話をしている。二人とも半魚人というか、人間と魚を同じ鍋に入れてざっくりとかき混ぜたような風貌をしていて、人間の部分と魚の部分がちぐはぐに組み合わさっていて、とても不気味だった。

 二人とも頭から足までびしょびしょに濡れていて、女の方は肩の辺りのうろこの向こうにブラジャーが透けて見えていた。男の方は手にビニール袋を、女の方はやたらごてごてした長財布を大事そうに握り締めている。

 どうしたものかと思い近づいていくと、二人は私に気づき、何だか決まり悪そうな顔をして、女はさっさと店内に入っていってしまった。

 男は私をちらちら見ながら、店の前に置かれているゴミ箱の前に立ち、ビニール袋の中身を捨てはじめた。コンビニの強い灯りに照らされたそれらは、例えば破れた網だったり、折れた銛だったり、漁師らしき男たちの首といった物だった。

 ビニール袋が空になると、半魚人の男はしきりに掌のにおいを嗅いでいた。何か気になるらしい。よく見ると男は背中に大きな傷を負っていた。

 しばらくして女の方が店から出てきた。女はコンビニ袋の中からウェットティッシュを取り出して、男に手渡した。男はすぐに掌をごしごしと拭き、においを嗅いではしかめ面をしていた。やはり何か気になるらしい。

 二人はそのまま、再びごしょごしょと話をしながら舟に戻ると、縁に腰かけて、そのままじっと私を見ている。今度は私の方が決まり悪くなってきて、ともかく一度落ち着くために煙草を取り出そうと、舟から一瞬目を離したとき、水の中で泡が弾けるような音がして、はっとして見ると舟は消えていた。

 その後自分の部屋に戻り、煙草を吸いながらテレビを観ていたが、いつまで経っても気持ちが落ち着かない。それで無理におどけて煙で輪っかを作ったら、どこからか小魚がぴょんと飛び出してきて、輪っかをくぐり、夜の闇の中に泳ぎ去っていった。