超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

うなじの棘とありさの蛇

 ありさと風呂に入っているとき、うなじに大きな大きな棘が刺さっているのを見つけたので、これは何かと尋ねたら、ありさは「栞」だと答えた。

 「抜いてもいい」と言うので抜いてみると、棘より一回り小さな穴が開いていて、奥行きは深いのか浅いのかいまいちわからなかったが、何か人の声がする。ありさの声ではない。何を言っているのかわからないので耳を澄まそうとすると、それを見透かしていたかのように急に声が大きくなったので驚いた。

 内容は別に、何てことない、家族で動物園に行ったときの思い出話だったが、男とも女ともつかないその声には妙な深みがあって、不思議とずっと聞いていたくなる気分にさせられた。それで、抜いた棘を手の中で転がしながら、ありさのうなじの穴から響く、面白くもない話にしばらく耳を傾けていたが、ふと気づくと、いつもありさの背中でとぐろを巻いているタトゥーの蛇が、少しずつ穴に向かって這っていくのが見えた。

 そのことをありさに告げると、ありさはしばらく「ああ」とか「どうしよう」とか、焦っている風でもなくごにょごにょ言っていたが、ちょうど蛇がうなじの穴に頭を突っ込んだとき、ありさはふいに顔を上げ、それから天井を仰ぎ、「もういいか」と呟いた。

 ありさが顔を上げたので、うなじの穴はひしゃげ、響いてくる声が変な風に歪み、話が半端なところで終わってしまった。突然静寂に包まれた風呂場で、どうすればいいのかわからずに固まっていると、胴体の半分ほどまで蛇が穴に入り込んだところで、ありさが「栞戻して」と言う。それで、言われるがままに、そっと棘を穴に刺し直すと、棘はすごい勢いで穴の中に吸い込まれていき、それに巻き込まれて蛇の胴体がちぎれた。

 うなじの向こうから蛇の断末魔が聞こえてくるのと、ありさの背中の底にちぎれた尻尾がぼとりと落ちたのは、ほとんど同時だった。

 そこで初めて恐怖を感じた。

 約束の時間まではまだ大分あったが、その日は慌ててありさにいつもの金だけ渡して、何も聞かずに風呂を出た。

 翌週おそるおそるありさの部屋を訪ねたが、既にもぬけの殻だった。