超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

桃と骨

 「急患です」という叫び声と、インターホンを激しく連打する音で、夜中に叩き起こされた。

 慌ててパジャマの上に白衣を羽織り、ねぼけた足で診察室に行くと、いきなり腐ったような甘いにおいが鼻をついた。見ると丸椅子の上に、桃が一つ置かれている。待合室を覗いても誰もいない。眠かったので深く考えず、桃の皮に聴診器を当てると、轟々と水の流れる音がした。

 丸椅子をくるりと回すと、木の枝とも骨ともつかない白く細い棒が、桃を内部から突き破って飛び出していた。ぐじゅぐじゅになった果肉からは、大量の果汁がぽたぽた垂れている。どうしたものかと考えているうちに、最初よりもっと強烈な甘いにおいが部屋に満ちてきて、何だか意識が定まらないような気分になってきた。

 朦朧としてふらつく指で、白い棒に包帯を巻き、適当にカルテを書き上げ、診察を切り上げた。それから自宅に戻り、習慣である日記をつけて眠り直した。しかし朝、目が覚めてから日記を読み返してみると、昨日の晩に診たのは本当にただの腐りかけの桃だったはずなのだが、読んでいるうちに「腐りかけの桃」というのが、何かグロテスクな比喩のように思われてきて、もやもやした気持ちになった。