超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

蜂と月

 飲みすぎた帰り道に、立ち寄った公園のベンチで横になって、大きな満月を眺めながら涼んでいたら、ガサガサした足音が近づいてきたので、ふと見ると、小さな蜂が足元をぐるぐる這っていた。

 無視していると、低い声で「肉のにおいがしますね」と話しかけてくるので、途端に怖くなってきたが、しかし、だからといってどうしようもない、そのままで固まっていると、蜂は鼻をふんふんいわせながら、足首から腿、腹、胸、首筋、つむじ、再び首筋、胸、腹……と、私の体を、目にもとまらぬ速さで、何度も何度もぐるぐるぐるぐる這い回る。

 そしてもう一度「肉のにおいがしますね」と言う。

 観念して目を閉じていると、蜂の足音がふいに私の体を離れて、上空へと消えていった。おそるおそる目を開けると、蜂は月の上を這い回りながら、「肉のにおいがしますね」と月の耳元にささやいていた。