(蒸し暑い夏の夜。)
(柔らかい靴音が、灯りの消えた校舎に近づいてくる。)
今日の客は中学校の用務員だ。
(誰もいない校庭の真ん中で、少年が一心不乱にバットを振っている。)
(扉の閉じられた焼却炉の前に、表面の濡れた大きなゴミ袋が置かれている。ゴミ袋の周りを、偵察に来たらしい蟻がうろうろと歩き回っている。)
(間延びしたような月明かりが町の屋根屋根を照らしている。)
狭い宿直室に敷かれた薄い布団の上で、用務員のしなびた体を舐めた。用務員は抜けた歯の間に荒い息をひゅーひゅーと出し入れしながら、時折誰だかわからない娘の名前を呟いた。その名前は私のほんとうの名前かもしれなかったが、そんな気がしただけで、誰の名前なのかはわからなかった。
黄色い肌の上で、舌をくるりと動かすと、用務員は体を大きくのけぞらせた。
(その拍子に用務員の腕が事務机にぶつかり、灰皿が床に落ちる。数本の吸い殻と、大量の錠剤が床にぶちまけられる。)
用務員の体は不味いスナック菓子のにおいがした。
(扉が閉まり、柔らかい足音が遠ざかっていく。)
(焼却炉のゴミ袋に蟻の群れがたかっている。)
(バットを振っていた少年が泣きながら水飲み場で水を飲んでいる。)
(月は消え、空には蓋をしたような、厚ぼったい雲が広がっている。)