超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

指と舌

 仕事が休みだったので、昼間から風呂に入った。ぬるい湯が体にずるずるとまとわりついてくる。

 ふいに花の香りが鼻をついた。香りの方を見ると、湯船の縁を、指が歩いていた。爪の綺麗な白い、女の指だった。指は湯船の縁をぐるりと一周すると、私の方をしきりに気にしているそぶりで、縁のぎりぎりまで満ちている湯をぱちゃぱちゃと叩きだした。それを見ているうちに、私はその指を知っているような気がしてきた。
 しばらくの間、私は指と見詰め合っていた。そのうちに指の方が諦めたらしく、湯船を降りて、風呂場の扉の隙間から出ていってしまった。そこでようやく私の口の中に、いつかあの指をしゃぶったときの感覚が蘇ってきた。