超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

靴としっぽ

 出かける時間だったので玄関に行くと、昨日の晩に並べておいたお気に入りの靴が、何かのしっぽを踏んでいた。ふさふさした毛並みのしっぽで、まだらな模様がついている。妙に触りたくなるしっぽだった。靴をどかすとぴくりと動いた。
 しっぽを辿っていくとドアの向こうに、大きな動物の気配を感じた。少し怖かったが、試しにしっぽをそっと撫でてみた。しっぽは思ったよりも滑らかで、撫でた手のひらからはいい匂いがした。撫でてよかったと思った。

 しばらく撫でていると、ふいにドアの向こうから鳴き声のようなものが聞こえた。豚のような、魚の人のような、気味の悪い声だった。私は思わずぞっとして、しっぽから手を離した。しっぽも同時に動きを止めたが、しばらくしてからパタパタと催促するように動き始めた。私はさっきの鳴き声を聞いて、こんなものとかかわり合いになりたくないと思っていたので、無視していると、しっぽはますます激しく動き、毛と毛の間から、玄関に土の塊のようなものをまき散らした。もしかしたらそれはこの動物の糞なのかもしれなかった。そう考えたら私は急に動物が憎らしくなり、玄関を這い回るしっぽを思い切り踏んづけた。
 すると玄関の外から、さっきの鳴き声とはまた違った、ザラザラした叫び声のようなものが聞こえてきて、しっぽがドアの向こうにしゅるしゅると吸い込まれていった。ほどなくして気配も消えたのでそっとドアを開けると、玄関の外壁に細かい毛のようなものがあちこちにこびりついていた。
 仕方なく出かける用事をキャンセルして毛を洗い流したが、妙にいい匂いだけはいつまでも残っていて、それが逆に気持ち悪かった。

 その日の晩、寝室の窓に気配を感じた。そっとカーテンを開けてみると、とてつもなく巨大な女の顔が庭に転がっていて、こちらをじっと見ていた。まっすぐに描かれた眉が庭から生えた樹のように見えた。女が息をするたびに、部屋の中が寒くなったり暖かくなったりするような気がした。
 私は女としっぽとの間に何か関係があるのかもしれないと思った。しかし、何度見てもしっぽが生えているような女の顔には見えなかった。どうすることもできないのでカーテンを閉め、明日の出かける予定を頭の中で反芻しながら眠りに落ちた。窓の外の気配はいつまでも消えなかった。