超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

走る男と走った男

 考え事をしながら町を歩いていると、バスとすれ違った。
 天井がやたら高いバスで、水の上を滑るように、夕景の中を音もなく走っていた。
 窓から見える座席には、土の塊が乗っていた。どれも元は人間だったらしいことが、あちこちからはみ出しているメガネや髭を見てわかった。
 そんなものを見るとはなしに見ながら、考え事に戻ろうとすると、バスの最後席に女子高生が座っているのが見えた。驚くほど胸が大きかった。ついつい見とれていると、誰かが「あの子も土になってしまうんじゃないか」と叫んだ。バスは私の後方へ去っていくところだった。私は女子高生の顔を思い出した。そういえば不安そうな顔をしていたような気がする。

 私は慌ててバスを追いかけた。いつの間にかバスの窓が開いていて、そこから土の塊がぽろぽろこぼれていた。それを踏んで走っていくものだから、バスはがたがたと激しく揺れる。その振動で座席の土がぼろぼろと崩れ、崩れた端から窓の外に投げ出されていた。
 その様子を見ていると、女子高生が土になってしまうまであまり間がないような気がしてきた。私は窓を閉めろと女子高生に忠告したかったが、久しぶりの全力疾走に息が上がってしまい声が出なかった。
 私は走り続けた。夕日が目に刺さった。道のあちこちに汚い土が散らばっていた。犬だか猫だかがその土を嗅ぎ、激しく唸っていた。いつまで経ってもバスには追いつけなかった。大きな窓から女子高生の小さな頭だけが見えた。
 額の汗を拭ったとき、ネクタイが詰まった土の塊が足元に落ちてきて、それを踏んで転んでしまった。脛を強く打ち、私はその場にうずくまった。顔を上げると女子高生がすがるような目で私を見ていた。胸が痛んだが、それ以上に脛が痛かった。バスはそのまま夕日の向こうへゆっくりと消えていった。

 私は立ち上がり、体じゅうにへばりついた土を払い落とした。周りを見ると、ギャラリーが集まっていて、私にぱらぱらと拍手を送っていた。それを聞いているうちに、見ず知らずの女子高生のためにこんなに頑張った自分が誇らしくなってきたので、キャバクラに行くことにした。