超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

蛾と爪

 クラスメートのスカートの中が見られるというので、通りの奥にある劇場へ足を運んだ。
 入り口の暖簾をめくり中を覗くと、円形のステージが組んであり、花柄のマットが敷かれていて、その周りをぐるりと観客が取り囲んでいた。観客の中には、私の友人や教師の姿も見えた。客席には熱気と妙な臭気が充満していて、私は少し怖気づいたが、後から後から押し寄せてくる他の客に押されるようにして、いつの間にか中へ足を踏み入れていた。客席を探しているうちに、誰かに腕を掴まれたのでびっくりして見てみると、それはクラスメートの弟で、案内係をしているらしかった。私に気づいていたのかわからないが、怪我でもしたのか頭に包帯を巻いていて、何だか痛々しかった。私は高いチケットを買ったので、弟はステージの真ん前の席に私を案内してくれた。
 コートを脱いで椅子に座ると、後ろの席に座っていた男に肩を小突かれた。振り向くと、同じクラスの青柳と赤土がニヤニヤと私を見ていた。何だか照れくさくなり、部活帰りに立ち寄ったという二人の話を聞きながら適当に相槌を打っていると、開演のブザーが鳴った。
 すぐに客席の照明が落ちて、暗闇が視界を覆ったあと、舞台が急に明るくなり、いつスタンバイしたのかわからないが、花柄のマットの上に制服姿のクラスメートが突っ立っていた。
 観客の間からパラパラと拍手が起きた。彼女は何も言わずスカートをめくり上げ、下着を露にしたまま、舞台をくるりと一周してみせた。またパラパラと拍手が起こった。不機嫌そうな音だった。徐々に光に目が慣れてきて、クラスメートの様子がわかるようになると、彼女が濃い化粧をしていることに気づいた。決して美しいとはいえなかったが、普段と同じ制服、白い下着、けばけばしい顔というちぐはぐな感じが、妙に私をドキドキさせた。
 舞台を回り終えると、彼女はスカートから手を離し、そのままもぞもぞと下着を脱ぎ始めた。私はいよいよかと身構えたが、周りの観客たちが平然としているのを見て、少し恥ずかしい気持ちになった。
 下着を脱ぎ終えたクラスメートは、下着を客席に投げると、スカートで股間を隠したまま、舞台にあぐらをかいた。私はちょうど彼女の目の前にいたので、スカートの衣擦れの音まではっきり聞こえてきた。彼女は私と目が合っても顔色一つ変えず、そのまま上体を後ろに逸らし、脚をM字に広げ、股間を隠しているスカートをゆっくりめくっていった。彼女の細い指の先に光る、形のいい白い爪に、私の赤い顔が映っているのがわかった。
 そのとき、後ろの方の遠い席にいる観客が「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げた。何が起こったのか振り向こうとしたが、どうしてもクラスメートから目が離せなかった。短い悲鳴は少しずつ観客の間に伝播し、バタバタと人の倒れる音がした。スカートがすべてめくられるまでもう少しだというとき、彼女の爪に、彫刻刀のような物で観客を次々に刺していく彼女の弟の姿が映った。
 舞台の向こう側の観客も異変に気づいたようで、皆慌てて席を立ち、散り散りになって逃げていった。逃げ切れなかった客が踏み潰される音がした。私の背後で青柳の悲鳴が聞こえた。赤土が私の腕を掴み、「逃げないのか」と怒鳴った。ミシミシミシ、と音を立てながら瞳孔が開いていくのがわかった。足元をぬるぬるとした液体が這っていた。どこからか入ってきた蛾が、逃げ惑う人々の頭上をふらふらと飛び回っていた。
 そうした景色を丸ごと映した彼女の爪が、スカートをつまんだまま視界の上方に消え、私の瞳はクラスメートのスカートの中で一杯になり、はっと息を吸ったところで首筋に熱い針が刺さって、気づいたときには天井を見つめたまま、手足がしびれながら冷たくなっていくのを感じていた。夥しい数の観客が折り重なって床に転がっていた。舞台からクラスメートの気配が消え、劇場の柱が折れる音がした。照明の周りを飛んでいる蛾の影が、壁の中をバタバタと踊っていた。