超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

アンテナと少年

 中学1年のとき、私のクラスに転校生がやってきた。朴訥としたうすらでかい少年で、頭のてっぺんからアンテナのようなものが生えていた。彼はときどき授業中に教師に呼び出され、校庭の真ん中に立たされていた。確証はないが、彼の周りで校長や知らない大人が空をずっと眺めていたため、あのアンテナで何かを呼んでいるのだろうと噂されていた。彼はアンテナ以外は至って普通の少年で、クラスの連中ともすぐに打ち解けることができた。しかしプライベートまで立ち入って付き合っている者はおらず、それはやはりアンテナのことが気になるからであった。教師から生徒たちへ、彼のアンテナのことには決して触れるなというお達しが出ていて、そう言われると余計に気になってしまうものだが、実際彼の頭から無機質に生えたアンテナを見ると、世の中には触れてはいけない部分というものがあるのだということをまざまざと見せ付けられるような気がした。
 2年生になると彼は不良グループと付き合うようになり、教師にも反抗的な態度を取っていたが、授業中に呼び出されるときだけは素直に従って、校庭に突っ立っていた。しかし、毎回落胆の表情ばかりだった大人たちを見る限り、彼が何かを呼んだことは一度もなかった。ある時期を境に彼は教師に呼び出されることはなくなり、その頃から口数が減っていって、とうとう学校にも顔を出さなくなった。
 あれからもう15年近くが経った。先日、出張先で入ったレストランで久しぶりに中学時代の友人と再会し、いろいろと話しているうち、友人が彼の話題を切り出した。彼のことなどすっかり忘れていたし、さほど興味もなかったが、一応その後の消息を尋ねると、「あのときのあれ、結局呼べたらしいよ」と友人は言った。しかし、何を呼んだのかまではわからないという。誰から聞いたんだ、と尋ねても首をかしげるばかりで、いつの間にか知っていたのだと答えた。そういえば私もそんな気がしてきた。
 彼の話題はそれきりで終わった。彼が何を呼んでいようと、今の私たちには関係ないからだ。あるいは、関係ないと思いたいからだ。すっかり酔っ払った帰り道、空を見上げた。いつも通りの空だった。