月と煙草
いきさつはもうすっかり忘れてしまったが、少年の頃、夜中に家出をしたことがある。 行くあてもなくふらふらと街を歩き回った挙句、疲れて土手に座り込んでいると、ふと頭上に大きな月が昇っているのが見えたので、正直に告白してしまうと、そのとき私はやけに感傷的になっていて、心の中で月に話しかけるなんて青臭いことをしていた。 その時、誰かに肩を叩かれ、振り向くと息を切らした父が立っていた。父は何も言わず私を立たせると、尻や足についた土を叩いて落としてくれて、それから煙草に火を点け、その先端を頭上に浮かぶ月にぎゅっと押し付けた。父が黙って歩きだしたので慌ててその後を追いかけながら、月にちらりと目をやると、焦げた臭いとともに穴が開いていて、中の綿がはみ出していた。