超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

膜とベビーカー

 妹に子供が出来たというので、久しぶりに実家に帰った。しかしいつもなら家族が家に揃っているはずの時間を狙って帰ったのだが、妹以外に誰もいなかった。どうしたんだと尋ねても、妹は「子供のおもちゃを買いに行っている」と、半ば上の空で答えるだけで要領を得ない。
 とりあえず赤ん坊を見せてくれと言うと、妹は廊下に出て、奥の部屋に引っ込んだあと、ベビーカーを押しながら戻ってきた。「家の中で使うものじゃないだろう」と言いかけてベビーカーを見ると、ベビーカーには薄い膜が張っていて、その中で赤ん坊らしき影が伸びたり縮んだりしている。顔を見たいと言うと、妹は「それは出来ない」といつになく強い口調で答え、ベビーカーを押して奥の部屋に再び引っ込んでしまった。
 仕方なく家族が帰ってくるのを待っていたが、いつまで経っても帰ってこない。家の中には妹と赤ん坊もいるはずだが、さっきから物音一つしない。何だかつまらなくなり、黙って実家を後にした。帰りの電車で妹の顔を思い浮かべたが、なぜかいくつも候補が浮かんできてしまって、本当の顔を見つけるのに難儀した。