超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

屋根と心臓

 父に新しい心臓を買ってもらった。医者の薦めもあり、今使っているものより少し高いものを選んだ。どうせすぐに古くなってしまうので何を買っても一緒なのだが、むきになって反論し困らせる必要もないので、父の言うとおりにした。
 買ってもらった心臓を部屋に持ち帰り、さっそくマッチであぶる。こうすると心臓が丈夫になって長持ちするらしい。本当かどうかは怪しいものだが、私のような人間にはこういう気休めが必要なのだ。
 ただこの気休めのせいで、私の部屋の天井は鈍い色に汚れている。心臓の表面にこびりついた血が蒸発して、天井に張り付いてしまうのだ。においもひどいので、ファブリーズがすぐに切れてしまう。正直なところ、後片付けがとても面倒だ。しかし、あぶるのをやめるとなるとそれはそれで不安だ。やめて不安になるくらいなら、意味がなくてもやった方がいい。どうせ儀式みたいなものなのだ。
 心臓を焦がさないよう慎重にあぶっていく。単純な作業だから、何も考えずに没頭できるのがいい。そのうち外が暗くなってくる。でも電気は点けない。赤黒い肉の塊が、小さなマッチの火に照らされて、壁にごつごつとした影を作る。それが魔法使いの秘密の部屋にいるようで少し楽しい。眉間にしわを寄せてニヤリと笑ったりすると、さらにそれっぽくなる。儀式を盛り上げる演出だ。
 眉間に力を入れ、ゆっくりと口角を上げたそのとき、頭上で小さな音がした。足音のようだ。天井の上には屋根があるだけだ。足音は屋根の上をぐるぐる回っている。泥棒だろうか。それにしては大胆すぎる。たぶん猫か何かだろう。
 いや、どうせならもっと楽しい想像をしよう。
 足音の主は、痴女だ。この部屋からあまり出られない私を哀れんで襲いに来たのだ。
 どんな女だろう。おっぱいは大きいかな。顔にはこだわらないけど、ごついのは嫌だな。出来れば私と同じくらいの身長で、格好は、そうだな、白いセーターの下は素っ裸っていうのがベストだな。窓をコンコン、って叩いたりして、そっちを振り向くとにこっと笑うんだ。やっぱり、何でもない風を装っておくのがいいのかな。がっつきすぎてもね。てことはちんちん勃てないように気をつけなきゃ。すました顔しててもバレちゃうからな。あ、でもよく考えたら……病気とか持ってないかな。……大丈夫かな、その辺。

 気づくと心臓が少し焦げていた。どうにもこうにも焼肉のにおいがした。