超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

火星人と舌

 僕の部屋には火星人が住んでいる。普段は壁紙の中にしれっと隠れているが、僕の心が薄く延ばされている時などに、気まぐれに壁から出てくる。
 火星人は肩で息をしながらよたよたと部屋を歩き回る。奴は頭が異常に大きい。そして、その頭の中に、頭の数倍も大きくて分厚い舌を隠している。
 火星人は僕の部屋のあらゆる物を舌に載せ、キャンディのように舐め溶かしてしまう。棚の上のぬいぐるみが溶け、蝶の標本が溶け、何も飼っていない水槽が溶け、おもちゃのナイフが溶け、本物のナイフが溶ける。殺虫剤が溶け、下着が溶け、ヌードポスターの女の尻が溶ける。(尻だけ舐めてあとは吐き出してしまうのだ)
 あらかた溶かされたあと、僕は溶かされた物を揃えるために必死に働く。
 一度火星人に名前を聞いたことがある。「タカハシさんだ」と奴は答えた。母親の旧姓と同じだ。



 今日、スーパーに買い物に行ったとき、乳製品コーナーの前で、ヨーグルトの試食を小さなカップに取り分けている若い女の店員を見た。僕はその様子がとてもかわいらしいと思った。ああいう女が僕の生活にはいない。そう考えたら、悲しくなってきた。
 今夜、火星人が来ると思う。買ったばかりのヨーグルトを部屋に置いておく。