超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

じいさんと太陽

「じいさん、おはよう」
「おはよう」
「今朝は寒いな」
「晴れてるのにな」
「じいさん」
「何だい」
「何でじいさんは牛小屋なんかで寝てるんだ?」
「家族が僕を、家から追い出したんだ」
「何があった」
「それより牛乳をくれよ」
 私はじいさんに瓶の牛乳を手渡した。
「家族に、ボケたと思われてる」
「それで追い出されたのか」
「孫の教育に良くないらしい」
 じいさんは牛乳を飲み干した。
「もっともだ」
「ボケたわけじゃないんだ。部屋で寝ていたら、耳ん中に星が飛び込んできてな、それから頭が妙な感じになった」
「ボケてるじゃねえか」
「むしろ頭はしゃっきりしてる。出来ることも増えた」
「そう思い込んでるだけだ。じゃあ、行くよ」
「待て。これを見ろ」
 じいさんはポケットから柄の錆びたナイフを取り出した。それから、予告ホームランのように太陽を指差した。
 私が太陽に目を向けると、じいさんはナイフを青空に突き刺し、太陽の周りをザクザクと切り始めた。
 時間にして10秒くらいの出来事だった。切り取られた太陽が地面にぼとりと落ち、空に穴が空いた。穴の向こうは真っ暗だった。
「今まで、こんな簡単なことに気づかなかったんだ」
 じいさんはそう言いながら太陽をつまみ上げ、牛乳瓶の中に閉じ込めた。あんなに輝いていた太陽は、炎に包まれたくらげみたいだった。じいさんは得意気だったが、すぐに穴の向こうから怒号が聞こえてきた。
 私は慌てて言った。
「じいさん。気づく必要ないんだよ、そんなこと」
 じいさんは困った顔をしていた。やがて怒号は泣き声に変わった。
「ほら、じいさん、早く戻しな」
「そうする」
 じいさんはすっかり牛乳臭くなった太陽を、空に戻した。嫌なにおいが鼻をついた。
 じいさんはナイフをしまうと、とぼとぼと牛小屋に帰っていった。