超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

黒い塊と執刀医

(手術室。)

(手術台に患者の男、腹を開かれている。男の周りに初老の執刀医と数人の助手。黙々と器具を動かしている。患者の頭の横には心電図を示す機械が据え付けられており、規則正しいリズムで波打っている。)

(と、手術用の照明がジジジと音を立ててちらつき始める。執刀医たちが見上げる。照明の周りを、黒いもやの塊がいくつか飛び回っている。)

「メス」

(助手の一人が執刀医にメスを手渡す。執刀医はメスの先で、患者の心電図に軽く傷をつける。黒いもやの塊が、心電図に群がる。かすかに甘い香りが手術室に満ちる。)

「それ、取って」

(執刀医が患者のカルテを顎で示す。助手の一人が執刀医にカルテを手渡す。執刀医はカルテをくるくると丸め、筒状にすると、心電図に群がる黒いもやの塊にそろりと近づき、素早い身のこなしで全て叩き潰す。数発の乾いた音が、手術室に鋭く響き渡る。執刀医がカルテを広げると、あちこちに薄く黒い汁のようなものが付着している。執刀医はそのままカルテを助手に手渡し、何事もなかったかのように手術を再開する。)