超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

地下鉄とピアノ

 外は晴れていたが、地下鉄におりると雨が降っていた。
 構内には、私のほかに誰もいなかった。雨はもうずいぶん前から降っていたらしく、床も壁も水浸しで、歩くたびに靴の中がびしょびしょになってしまった。そのうえ傘も持ってきていない。せっかくの休日なのに散々だ。
 次の列車の時刻を調べようと時刻表を探していると、雨音と雨音の間から、ピアノの音が聞こえてきた。
 音の方に歩いていくと、線路の真ん中で、レインコートを着た少女がピアノを弾いていた。いや弾いていた、というほどおおげさなものではなく、指一本でずっと同じ鍵盤を叩いているだけだった。
 当然単音が同じリズムで延々と繰り返されているに過ぎなかったのだが、聞いているうちになぜか「これは国歌だ」と直感した。
 この地下鉄があった場所にかつて存在した国。少女はその国の王女なのだろうか、それとも王室付きのピアニストなのだろうか。
 そんなことを考えていると、音が変わり、香木の香りが鼻をついた。どうやら葬送曲のようだった。
 この調子だと、しばらく列車は来ないだろう。