超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

虹と家族

 たしか4歳か5歳頃のことだ。
 ある日曜日の朝、目を覚ますと窓の外に大きな虹が見えた。昨晩の大雨はすっかり止んでいた。隣家の塀から顔を出すつつじの花に、小さな水たまりが出来ていた。私はぼんやりとそれを眺めながら、窓を開けた。

 すると、庭の方から歓声が聞こえてきた。家族の声だった。寝巻きのまま縁側に行くと、虹の端がわが家の庭に突き刺さっていた。祖母と両親、2つ上の姉がそれを取り囲み、わいわいと騒いでいた。

「おはよう」
 と声をかけたが誰も私に気づかなかった。もう一度声をかけようとしたが、面倒くさくなってやめた。
 母が虹を軽く手で叩いた。かたく、湿った音がした。父が虹を両手で抱えゆすってみた。虹はびくともしなかった。
 すると姉が虹の上にぴょんと飛び乗り、上空に向かってすたすた歩き出した。祖母が慌てて何か叫んだ。姉は紅潮した顔で振り返り、家族に向かって笑いながら手招きした。その家族に私は含まれていなかった。
 父、母、そして祖母が続けて虹の上に飛び乗り、姉を先頭にして虹の橋を渡りはじめた。私は慌てて2階に駆け上がり、
「おはよう」
 とさっきより大きな声で言ってみたが、もはや彼らには聞こえていなかった。彼らはわが家の2階より高い場所で、きゃあきゃあはしゃいでいた。

 私はむっとして、寝たきりの祖父の部屋から盆栽用の裁ちばさみを持ち出し、サンダルもはかずに庭に下りると、虹をジョリジョリと切ってしまった。

 虹は切り口から透明の汁みたいなものを噴き出したかと思うと、思い切り引っ張ったゴム紐をぱっと離したときのように、悲鳴をあげる家族を巻き込みながら勢いよく空に吸い込まれていった。
 もう一度眠ろうと縁側に上がると、干したばかりの洗濯物に、虹が噴き出した透明の汁が思いっきりかかっていることに気づいた。自分で自分のお尻をペンペンと叩き、
「ごめんなさい」
 と言ってから布団にもぐった。