壁に様々な器具が吊り下げられている薄暗い部屋で、K子は古いタイプライターにムチを入れている。
タイプライターはFのキーをがちゃがちゃ言わせながら、全身を痙攣させている。ムチの勢いとは裏腹に、K子のテンションは低い。こういう客は慣れていないのだ。
「SM嬢は何事も経験だよ」
と、店長はわけのわからないことを言ってK子を部屋に押し込んだが、
「あの手の客にはロクなのがいない」
といつかぼやいていたのも店長だ。
そういえば、下の子を幼稚園に入れてやりたいとも言っていた。奥さんがレズだから、上の子も下の子も養子なんだっけ。
K子はそんなことを思い出しながら、鉄の洗濯バサミでCのキーを思い切り挟んだ。
タイプライターは次の瞬間、信じられない枚数の紙を天井に届かんばかりの勢いで吐き出し、そして動かなくなった。どうやらイッたみたいだ。
店長が入ってきて、タイプライターを布で包み、また部屋を出ていった。
吐き出された紙は妙に油臭かった。拾い上げて読んでみると、鴎外の『舞姫』がタイプされていた。
(確かにロクなやつじゃねぇな。)
とK子は思った。