超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

誕生と怒り

 妻の出産に立ち会った。

 マスクと手袋と帽子まで着させられたわりに特にすることがなかった。仕方なく妻の形相を観察していたら、突然、空気がビリビリと震えた。
 もしやと思い、股ぐらを覗き込んでみた。案の定頭が3分の1ほど出ていた。
 しかしそこからあまり動かない。何だか妙にぐずぐずしている。
「パパさん、これ」
 呆れ顔の医者が聴診器を手渡してきた。促されるまま妻の腹に当ててみると、
「やめろ! やめろ!」
 という叫び声、それから、なにかを蹴っているような鈍い音が聞こえてきた。

 そこではたと思い出した。私も生まれるとき同じことをした。
 眠っていたら突然誰かに体を掴まれ、外に放り出されそうになったのだ。冗談じゃないと思った瞬間、
「やめろ!」
 という言葉が自然に口をついて出た。それから、足で思い切りその誰かを蹴った。鈍い音がした。
 誰かは怒っていた。ものすごく怒っていた。ちらりと見た感じでは、たしか、黒いもやのような女だった。

 ほどなくして、出産は何事もなく終わった。元気な男の子だった。

 成人してから聞いた話だと、息子のときは四角いパイナップルのような女だったらしい。
 あなたの時はどんなでした?