超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

額縁とクラゲ

 描かれた海がほどけ、水の色を脱いだクラゲが額縁から逃げ出した。
 見つからないように私の家を抜け出し、野良猫の追跡をふりきり、海へ行く列車に乗り込んで、今頃はどこかの勤め人の革靴の上で疲れた体を休めているだろう。

 残された私は空っぽになった額縁を物置にしまう。
 首輪だけが残された犬小屋や、文字の消えた手帳が隅で埃をかぶっている。
 何も映さない鏡台の前に座り、膨らんだ空っぽのお腹をさする。
 庭の大きなクルミの木の枝では、老いた母鳥が空っぽの卵を温めている。