超短編小説 トモコとマリコ

超短編小説を中心とした短い読み物を発表しています。

にんげんの指にんげんの耳

 両目をギョロギョロと動かしながら、じゃあこの問題をナカムラ、と言ってタカハシ先生は乾いた鱗に覆われた指の間からチョークを床に落とし、それを長い舌で拾おうとして、はっと我に返った。
 ナカムラさんはそんな先生を意にも介さず、ツカツカと黒板に歩み寄りチョークを動かす。お尻から生え出してきた犬の尾が、スカートを少しだけめくらせ、白い太腿が見える。

 教室の隅では学生服を着たゾウが、粉々になった椅子の上であくびをしている。
 金魚になったオオシマ君は、もう三月もプールから帰ってこない。

 器用にペンを握る私の、にんげんの指が愛しくて憎らしい。
 牙と赤い舌の向こうからやってくる吠え声や唸り声。にんげんだった頃よりみんな饒舌みたい。
 それを聞いている私の、にんげんの耳が誇らしくて寂しい。

 昼休みになれば私はいつものように弁当箱の蓋を開け、母の作った甘い味付けの卵焼きをにんげんの歯で噛み砕くのだ。
 朝の台所で、自らが産んだ卵をじっと見つめる母の目を思い出しつつ。