数学者の妻が、「∞」の記号を載せたベビーカーを押して、保育園の扉を叩いた。
我々は彼らの教材用の星で生きているので、何度生まれ変わっても人生が楽しくて仕方ないようになっている。
もうずっと誰にも利用されていない自販機が、夜中、ため息とともに熱い缶コーヒーを吐き出す。
商品の購入時、愛情でも支払えるコンビニのレジの傍に、みすぼらしい子どもたちが寄せ集められている。
刑務所の塀の前で、タンポポの綿毛を吹いているあの少年は、どうやら塀の中に綿毛を届けたいようだ。
夕暮れの河原で、少年が一人、「おかあさん」と書いた石と、「おとうさん」と書いた石をぶつけ合って、どちらが割れるか試している。
その少年は、お母さんが入院している病院の電話番号を覚えているところが自分の長所だ、と言っている。
近所のペットショップで売れ残っている猫に、どうしても将棋で勝てない。
履歴書の「前世」の欄に、正直に「ゴキブリ」と書いて、男は殺虫剤メーカーの面接に赴いた。
秋の道に落ちている枯れ葉の一枚一枚に油性マジックで「踏まないで」と書こうとしている老人の手の中で、枯れ葉はバラバラに崩れていく。
月の消毒が終わるまで、夜空を見上げないでください。
寂しいので、テレビを観ようと思ったが、テレビのリモコンは母の棺桶の中に入れてしまった。
同じ病室の隣のベッドの、涙が金平糖になってしまう病気の女の子に、「甘い物が食べたい」と言ってみる。
墓参りに行ったら、うちの子の墓前に供えたけん玉で、誰かが遊んだらしいことがわかる。
夕日の道を歩く双子の姉妹の影の間に、三人目の女の子の影がある。
さっきまで蜜柑を剥いていた手で母の首を絞めているので、母の首に蜜柑の匂いが移るかもしれない。
死んだ息子が蝿に生まれ変わっていると信じている女が、今夜も私の店に残飯を貰いに来た。
その作曲家が、革命家の兄のために作った葬送曲は、手錠をはめられた状態で弾くことができる。
夜中、ゴミ捨て場に哺乳瓶を置いて去った女が、数分後、戻ってきて、鼻をすすりながら、その哺乳瓶を拾い上げる。
その死亡届には詩を書く欄があったが、私は妻の死について、詩など書くことができない。
父が亡くなってから、母は泣きぼくろを化粧で隠さなくなった。
辛い思い出をクラゲに変えていく治療の一回目を受けた帰り道、一人でぼんやり海を見ている。
誰もいない駅の電光掲示板に、ふいに、「さびしい」という文字が現れ、ゆっくり流れていく。
祝儀代わりに俺が夜空に飛ばした流れ星を、結婚するあの子は見ていなかった。
耳工場の検査室でピアノを弾くバイトをクビになった。
整形手術の日の朝、鏡の中から仲直りを申し込まれる。
月光がゆっくりカーテンを切り裂いていく。
都会で一人暮らしをする俺の部屋に、実家から届いた段ボール箱には、嘘をつくための舌が入っていた。
胎児の形をしたマグネットが道に落ちていたので、自分の腹にあてがってみるが、当然くっつかず、また道に落ちてしまう。
早朝のコンビニで、喪服を着た人が、自身の泣き顔をコピー機に押し付けて、何枚もコピーしている。