読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。隔週土曜日更新。

影と休日

人込みの中を一日歩いて帰ってきたら、私の影に細かい傷がたくさんついていた。 休日の街を、みんな笑いながら、手をつないだりして、楽しそうに歩いていたのに、本当はどんな気持ちで歩いていたのだろう。

生きものの記録

のぼり坂を機嫌よく歩いていたら、それまで吹いていた心地の良い風がとつぜん凪いでしまった。 お母さんから渡された買い物のメモを握りしめたまま、不安になって立ち止まる。 耳を澄ますと、坂の上の丘の向こうから、ペンを動かす音が響いてきた。 どうやら…

ファミリーサーカス

私がまだ幼かった頃星を盗んで食べたことがあります 怒ったお月様に追いかけられてよく噛みもせず慌てて飲み込んだもんだから大人になった今でもお腹の中で星は光ったままです だから今まで子どもは何人も出来たけど皆「まぶしい」と言って生まれる前に去っ…

ライクアヴァージン

わざとらしい笑い声が響く団地の片隅で母親がテレビのボリュームを上げた 雲の上でパパが歯磨きしてるという娘のつぶやきをかき消すように

月と葡萄

今日が終わり、今日がまた来る。 ふと見上げた夜空には満月がいくつもいくつも浮かんでまるで葡萄の房のようだ。 また少し狭くなったベッドの中で私が私の指に指を絡ませてくる。 また少し明るくなった月明かりから逃れるように私が私の手から毛布を奪う。

氷と寝癖

寝ているあなたをそっと氷に閉じ込め、ベッドに乗せて窓に立てかけて、午後の陽を浴びながらサンドウィッチを食べる。 少しずつ溶けていくあなたのところへ、飼い猫がやってきて、喉を潤す。 目覚めたときのあなたの驚いた顔を想像して、思わずにやにやして…

額縁とクラゲ

描かれた海がほどけ、水の色を脱いだクラゲが額縁から逃げ出した。 見つからないように私の家を抜け出し、野良猫の追跡をふりきり、海へ行く列車に乗り込んで、今頃はどこかの勤め人の革靴の上で疲れた体を休めているだろう。 * 残された私は空っぽになった…

月とホットケーキ

台所でホットケーキミックスを混ぜていたら、ふいに雨音が途絶えた。朝から降っていた雨が夕方になってようやく止んだらしい。 リビングに行き窓を開けたら、どこからか土のにおいがした。 * たてつけの悪い窓を閉める時、土のにおいに古い思い出を呼び起こ…

にんげんの指にんげんの耳

両目をギョロギョロと動かしながら、じゃあこの問題をナカムラ、と言ってタカハシ先生は乾いた鱗に覆われた指の間からチョークを床に落とし、それを長い舌で拾おうとして、はっと我に返った。 ナカムラさんはそんな先生を意にも介さず、ツカツカと黒板に歩み…

いつも

元の私に着替えてくるから、そこで待ってて、すぐに済むから。 いつものようにそう言って彼女は窓枠に腰かけ、カーテンをさっと引いた。 * ベッドに身を沈めラッコみたいな格好で天井を眺める。 カーテンが目の端で揺れるたびに、紙切れみたいな光の欠片が…

羽根と火の輪

夕暮の児童公園に火の輪が佇んでいる。 もう随分前にサーカスを追い出された、古ぼけた火の輪だ。 ちろちろと切れの悪い小便のような火を身にまとい、かつてその身をくぐらせたライオンや虎の顔を思い出して、ぼんやりと日を潰す。 藤棚の上で火の輪を睨む、…

チョコレートで出来た友達が

チョコレートで出来た友達が軒下で夜を待っている夕暮時野鼠に齧られた鼻の頭を気にしながら君は、チカチカ光りはじめたエッチなお店のネオンを見つめている。 * チョコレートで出来た友達が夜を待ちながら軒下で歌を口ずさんでいる夕暮時君の喉の奥に居座…

ロボットと人間

青のロボットは海底で骨だけになり、魚たちの棲み処である空っぽの頭で、 さざなみの下日々、路傍に打ち捨てられた恋人のことを思い出している。 赤のロボットはバラバラになり、爽やかな風の吹くゴミ捨て場で、 桜の花びらに埋もれながら、六個の瞳で見つめ…

男の手紙が手錠になり、男の声が格子になり、台所の隅で男に抱かれながら、女は雨の朝の卵を茹でている。 * (私の細い肩が、ほどけた髪が、ぼやけた影となり、町外れの川のせせらぎにほつれている。) * 女の窓は男の眼差しだけで、女の世界は男の背中だ…

for no one

家の裏の小川で、叔母さんが苺を洗っている。 叔母さんの四本の腕が、叔母さんのお気に入りのグリーンのセーターとともに、小刻みに動いている。 叔母さんは三本の腕を使って苺を洗い、残りの一本でほつれた髪をかきあげる。 叔母さんの綺麗な顔は、僕の掌に…

Here Comes The Sun ver.2

「作業場」の上に広がる夜空に、金具を動かす乾いた音が響いている。 鉄くさい僕の指には、流れ星を動かす金具が握られている。 誰かが金具で動かしている夜霧が、ひんやりと肌に心地良い。 僕は夜空を見上げ、金具から手を離す。金具は元の位置に戻り始め、…

Girl

照明が焚かれ、遥の肌があらわれ、遥の鼻があらわれ、遥の歯があらわれ、遥の羽があらわれる。 * (客席はめらめらと燃えている。) * ショーが始まり、遥は舞台をぶらぶら歩いていって、はるかの果てに腰を降ろす。 * (客席はしんと静まり返っている。…

抜け殻

部屋の隅に抜け殻を残して、恋人が去ってしまった。 * カサカサの恋人の抜け殻を、そっと壁に立てかけた。 * 夜までぼんやりと空を眺め、爪を切り、そうしたらもうすることがなくなったので、一人布団に潜り、抜け殻を眺めながら眠ることにした。 * 抜け…

Here Comes The Sun

金具を回す乾いた音が空に響いている。 私が金具から手を離すと、空の雲がゆっくりと動き出す。 去っていく雲を目で追っているうちに、私のまぶたは重くなり、眠気が全身に忍び寄ってくる。 金具を回す乾いた音が遠くで響いている。 金具を回す乾いた音がや…

穴と秘密(fixing a hole)

もしもお薬で治らなかったら、この穴は、お人形の隠れ家にするの。

砂と尾

夕方の動物園で、機械仕掛けの象が、水のみ場の傍に座り込んでいる。 どこからか飛んできた雀が、水のみ場の水を飲んでいる。 機械仕掛けの象は水を飲まない。喉から全身が錆びていってしまうから、水は飲むなと飼育員に厳しく言われているからだ。 機械仕掛…

ホテル

薄着をした女が、ホテルの廊下を歩いている。 女は一つのドアを開ける。 薄暗い照明の下のベッドに、人のかたちをした石が腰かけている。 女は石を抱きしめる。 石が崩れて隙間から枯れた花が顔を覗かせる。 女は丁寧に花を抜き取り、枕の上に横たえる。 女…

星と蛇口

宇宙服を着たツアーガイドの女が、目の前を漂うビーチボールくらいの惑星を掴み、蛇口を取り付ける。 宇宙服を着た私たちが、コップをあてがい、栓をひねると、綺麗な青の液体が注がれる。 星の生き物たちが干からびて死んでいくのを眺めながら、ちびちびと…

氷を踏んで足を切った。 三日前まで飼い猫だった氷の塊の表面を生ぬるい血が流れていく。 今朝は少し眠りすぎた。 今日の層に、もううっすらと霜が降りている。

貝と砂浜

晩飯の時間になっても妹が部屋から出てこないので、妹の部屋のドアを開けると、波の音がして、寒々しい蛍光灯の光の下に、暗い海が広がっていた。 冷たい砂浜の上には、二枚貝がいくつか転がっていて、拾って台所でこじ開けると、中には妹がよく弾いていた電…

絆創膏とシャボン玉

夕暮れに、暗い顔をした女が、ベランダに出る。 夕日の中で女はシャツを脱ぐ。 女の腹には絆創膏が貼られていて、女がその絆創膏を剥がすと、小さな穴が空いている。 女はベランダから街を眺め、腹を優しくぽんぽんと叩く。 女の腹に空いた穴からシャボン玉…

チョコレートと鼻歌

停電の暗闇の中でチョコレートをかじっていると、どこからか鼻歌が聴こえてきた。 知っているような知らないような声で、知っているような知らないようなクラシックの曲の同じ場所を延々と繰り返している。 * チョコレートをかじり続けていると、やがて歯に…

心臓とガラス

目を閉じていても眠くならないので、目を開けると、ガラスの向こうに青空があって、その下で、係のおじさんが面倒くさそうに、俺の心臓を動かしているのが見える。 ほかに見えるのは、ガラスに貼られた撮影禁止のステッカー、氷が溶けて汗をかいているグラス…

いらない服

太陽がしぼんでしわしわになってしまったので、みんなの家からいらない服を集めてきて太陽の中に詰めることにした。 みんなは少ししか持ってこなかったけれど、私の家にはいなくなった家族がたくさんいるから、私はたくさんのいらない服を持ってきた。 それ…

凛とした空の下に、山々の青が沈んでいる。 体を起こし、窓を開け、指を突っ込んでそれをかき混ぜる。 * 空の青と山の青と少しの雲の白が、渦を作りながら混ざり合い、窓の向こうがあざやかになる。 そうしたら指を引っ込めて、窓を閉める。 * 青と青と白…

雨宿り

昔、妹と二人で遠い街に買い物に出かけ、その帰りににわか雨に降られた。 二人で病院の軒下で雨宿りしている時、急に水のにおいが濃くなって、鼻の奥がつんとした。 その後雨が小降りになってきたので駅に戻ろうとすると、妹が駅とは全然逆の方向にすたすた…

海辺

殺風景な私の部屋の隅には、床から目が生えている。 私はそんな目の前で寝ころんで、朝から窓の外の秋空を眺めている。 目はじっと目を閉じている。 * 私がこの部屋にやってきた時から、目は一度も目を開けたことがない。 目はただじっと目を閉じている。 …

ストロベリーフィールズ

忘れられた庭の木に朽ちかけた鳥の巣があり、朽ちかけた鳥の巣は卵を一つ抱えており、卵には無数の小さな穴が開いていて、無数の小さな穴からは、目に見えないほど細い糸があちこちに伸びている。 * 忘れられた庭の木の根元、朽ちかけた鳥の巣の真下に、死…

羽根と封筒

彼女の名だけが書かれた封筒が、私たちの住んでいるアパートに毎月送られてくる。封筒を開けると、中には一枚の羽根が入っている。 封筒が届いた日の夜は、彼女といっしょに風呂に入る。彼女の背中のでこぼこした部分に、羽根を一枚ずつ挿していくのだ。 彼…

逃がす

昨日学校から帰った後、もうこんなもの要らないと思って、おちんちんを取り外し、空気を吹き込んで窓から外へ逃がした。よぼよぼの飛行船みたいだった。 今朝学校へ行く途中、萎んだおちんちんが電線に引っかかっているのを見つけた。 いつもそこにとまって…

花と首輪

近所に住んでいたお姉さんの家の庭にあった花壇では、全ての花に首輪がはめられていた。古い布やリボンを加工したお姉さん手作りの首輪で、結構ちゃんとしたものだったと思う。お姉さんの家の傍を通ると、花壇から伸びたたくさんの首輪の紐が、庭に面したお…

ゴンドラと私

観覧車からゴンドラをもぎ取る母。果物籠いっぱいのゴンドラ。ゴンドラを軽く洗ってガラスの皿に盛り付ける母。中でまだ何かが暴れているゴンドラ。 私の部屋のドアをノックする母。食べなさい栄養あるんだからと机に皿を置く母。いらないとは言えない私。ス…

皮と肉

いつものように動物園の門を閉めた瞬間、スピーカーが私の名前を呼んだ。象の檻に来いという。行ってみると、象の檻の真ん中で、象がぶっ倒れていた。胸に耳を当ててみる。いつものぶつぶつ声が聞こえない。私は軍手をはめて、象の腹のボタンを外し、象のか…

ボディ

昨日風呂場のタイルにくっついていた妻の右目が、今朝は寝室の天井に移動していた。携帯の充電器の傍にあった小ぶりな耳に、おはようと声をかけると、昨日は玄関の靴箱の隅で苦しそうにしていた妻の唇が、今朝は寝室の窓ガラスにいて、おはようと明るく応え…

海と夕日

夕暮れの海を見ていたら、夕陽の中に、水面に突っ伏して泣いている少女を見つけた。何とかしてやらなきゃと思い、声をかけようとしたのだが、しかしあんなに遠くにいるんじゃ、いくら大声で叫んでも無駄だろうと思った。こちらに気づいてほしくて、足元の貝…

亀のかたちをした灰の塊を、痩せた痩せた子どもたちが、取り囲んでいた。 私が助ける間もなく、亀のかたちをした灰の塊は、痩せた子どもの、痩せた指につつかれて、崩れ落ちてしまった。 私は重たい影を引きずりながら、歩きつづけ、やがて岬にこしかけ、何…

舌と蜂蜜

妹の唇をこじ開ける。 中を覗く。 舌のない妹の口の中を、妹の舌の幽霊がうろうろしているのが見える。 私は蜂蜜の瓶の蓋を開ける。 スプーンを取り出す。 蜂蜜をすくう。一さじ。一さじで充分だからだ。 私は舌のない妹の口の中に、蜂蜜を流し込む。 妹の舌…

遠雷

(夏の坂道を、制服姿の少年が自転車で駆けている。少年の額には汗が滲んでいる) (汗はやがて筋となり、少年の頬を伝って、地面に落ちる) (地面に残された汗のしみは、少年の肌と同じ色をしている) * (住宅街の一角。小さな庭のある民家) (縁側。小…

しゅわしゅわ

海辺の小さなアパートに、女が住んでいた。 女は毎日、朝から晩まで、砂浜に腰かけて海を眺めていた。 女の肌には色がなかったから、夕暮れには女は夕暮れの色に、夜には女は夜の色に染まった。 ある日通りすがりの少年が、潮風の中に甘い香りを嗅いだ。それ…

おばけとハンドクリーム

どうやら、部屋におばけがいるらしい。 夜中にふと目が覚める。 体が熱っぽい。 私はうなされている、しかし私の声ではない。 枕元の湿った畳がわずかに沈み、額が冷たくなる。 柔らかいものが私の頬に触れている。 ハンドクリームの匂いがする。 体は相変わ…

花とじょうろ

(晴れた朝。静かな住宅街。広い庭のある美しい家。) (庭の花壇には、白い蕾を付けた大きな花が植えられており、その前で、中学生くらいの娘が、じょうろを片手に地べたに座っている。) (娘はどこか疲れたような笑みを浮かべながら、花に優しく水を与え…

(一) ぽかんと口も目も開けて畳の上に転がる俺を見下ろしながら、彼女はおもむろに服を脱いだ。 彼女のお世辞にも綺麗とは言い難いからだが、畳と俺と砂壁と、とにかく部屋の全部を染めている夕日の色に鈍く輝いていた。 (二) 彼女は突っ立ったまま俺を…

影と夕暮れ

自分の影と喧嘩別れした。 夕暮れが物足りなくなってしまった。

妻水

妻はある朝、水になりました。そしてその日から浴槽の底で、ゆらゆらと揺れています。 妻が突然水になり、私の生活は寂しくなりました。 妻が好きだったバナナを浴槽の底に沈めると、水になった妻は嬉しそうにぬるみます。 そのことが余計に私を寂しくさせま…

海の断章

旅行先で海の欠片を拾った。持ち帰って窓辺に飾ってみた。 窓から風が吹き込むたびに、海のない町の我が家に、潮の香りがひろがっていく。その潮の香りの中にうっすらと、外国の酒の匂いが混じっているときもある。 * 眠るときは海の欠片を枕元まで持ってく…