トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

切符

死んだ妻の写真を眺めていたら、写真の裏が切符になっていることに気づいた。行き先は知らない駅だった。近所の駅に行き、写真を見せると、赤ら顔の駅員が「すぐに参ります」とホームまで案内してくれた。ベンチに腰掛けていると、見たことのない、空色の電…

エッグ

頭上に天使の輪を浮かべたニワトリが、朝食を用意している母の肩にとまり、フライパンの中をじっと眺めていた。その日の朝食は、スクランブルエッグだった。ニワトリのことを考えていたら、少し残してしまった。目玉焼きか、ゆで卵だったら、全部食べられた…

あたり

焼き魚の骨に「あたり」の文字をみつけたので、新しい魚ととりかえてもらうため海へいった。「あたり」の骨を海へ投げると、すぐに大きな魚が波に運ばれて足元へ。さっそく持ち帰り、網の上で焼いているとき、その魚が、卵をたくさん抱えていることに気がつ…

シャツの内側に猫の毛を残して、あの人はある日とつぜんいなくなってしまった。ああ、遠くから、魚を焼く匂いが漂ってくる。

ガラスの花

久しぶりに帰省した実家で、自分の部屋の押し入れの奥から、昔使っていた玩具箱が出てきた。何十年ぶりだろう。なつかしさににやけながら蓋を開けると、箱一杯にガラスの花が咲いていた。花びらにリボンみたいな模様が入っている。どうやら、箱の底に溜まっ…

きらきら

あたまのなかが、あのひとのかおでいっぱいだったので、ぬいばりをもったままふとんへはいり、ゆめのなかでひとつひとつわっていくことにした。ゆめのなかはあんのじょうあのひとのかおでいっぱいで、わらったかお……ないたかお……おこったかお……こまったかお……

七つの子

夕暮れの公園、ベンチに座る品のいい紳士と、傍らに置かれた黒い大きな鞄。遠くからは子どもらの遊ぶ声が聞こえる。そしてそれを見守る女たち。女たちは子どもらを眺めながら、時折、危ないわよ、とか、仲良く遊びなさい、と声をかけつつニコニコ笑っている…

寝返り

満月の夜、彼女の耳は、魚のえらになる。ぼくは彼女を風呂場へ連れていき、浴槽の中のぬるい水に沈める。少し苦しそうだった彼女の寝顔が、すうっと笑顔に変わる。ぼくにはその瞬間が、うれしくて寂しい。満月の夜、彼女は水の中でほんとうの彼女に戻る。ぼ…

つん

冷蔵庫が唸るブーンという音の中に、ぼそぼそと低い声が混じっている。冷蔵庫が、中の物にまた何かよけいなことを吹き込んでいるらしい。翌朝、台所に行くと、鶏の手羽先が朝の空に向かって必死に羽ばたいていた。何だか鼻の奥がつんとした。

ベンチ

病院の中庭にある一脚のベンチ。朝の日を浴びてぴかぴか光っている。あたたかそうだが、誰も座っていない。そこへ病院の老先生がやってきて、ベンチの前にひざまずき、聴診器を取り出すと、ベンチの上の虚空に向かって、それをあてがう。時折うんうんとうな…

なあ、看護婦さん、ゆうべ、点滴袋の中で子どもが溺れていたんだが……もう助からないかな?ゆうべから、胸の辺りがすごく冷たいんだよ。

ゆうべ一晩中降り続いていた雨は、朝方になってようやく止んだ。カーテンを開けて空を見上げると、真っ白な雲が浮かんでいた。そしてそのふちに天使たちが腰掛け、真っ白な翼を乾かしているのが見えた。そうか、ゆうべ、この近所で雨の中誰かが亡くなったの…

くちびる

駅で終電を待っていた。ゴミを捨てようとして、ゴミ箱を何気なく覗き込んだ。くちびるが捨ててあった。真っ赤なルージュをひいた、ぷるぷるの、みずみずしいくちびるだった。誰のくちびるだろう。さっきホームの端で、うずくまって泣いている女を見たが、も…

ずるいな

しんだこいびとのことをかんがえながら、そらをながめていたら、くもとくものきれまから、ばらばらにちぎられた、わたしたちのしゃしんのかけらがふってきた。ずるいな。そっちがさきにふっきれるなんて。

ぴかぴか

ベランダに星が落ちてきた。ずいぶんくすんだ星だった。てぬぐいで磨くとぴかぴか光りだした。じゅうぶんぴかぴかになったところで、星はぼくの手を飛び出してベランダをぴかぴか跳ね回った。そしてそのままぴかぴか跳ね上がっていき、やがて夜空へ帰ってい…

草の匂い

玄関に、草の匂いが漂っている。革靴が土で汚れている。革靴で土のある場所を歩いた記憶はない。革靴のやつ、また勝手にどこかへ行ったらしい。猫用のドアをくぐって。本来そのドアを使うべき飼い猫は家の中でごろごろするばかりでどんどん肥っていくのに、…

オルゴール

母の部屋にあるオルゴールの蓋を開けると、暗がりが広がっていた。暗がりに目をこらすと、底の方で女が独りピアノを弾いていた。女に見覚えがある気がして目をこらしたが、遠くてよく見えない。もっとよく見ようと身を乗り出したら、その拍子にオルゴールの…

電池

××さんのお見舞いに行った時、病院の真っ白で明るい廊下の片隅、ほとんど唯一ともいえる暗がりの中で、××さんを担当している看護婦さんが、天使たちの背中に電池を入れているのを見てしまった。ああ、もうすぐ××さんは死ぬんだ。そう思ったら何だか足下がお…

金魚鉢

廃屋の子ども部屋の窓辺に置かれた、干からびた金魚鉢の中に、かすかな声がこだましている。もう遅いですか。もう遅いですか。時に鋭く、時にかすれながら金魚鉢の狭い空間をぐるぐる回っていたその声に唯一気づいたのは、廃屋を取り壊しに来た解体業者の若…

遅れ

「すごく、遅れて、ごめんね」 そう謝る恋人のキスは、線香の匂いがした。

死んだ娘の夢を見た朝はいつも、目から頬へ、涙の筋が、四本、残っている、娘も、泣いてくれているのだ、私とともに、私の夢の中で、私の中で、それが、心を、とてもあたたかく、そして、さびしくさせる、顔を洗う、歯を磨く、線香をあげ、ふいに、また、涙…

リモコン

庭の物置を整理していると、かびくさい箱に入ったよくわからないリモコンを見つけた、何気なく「入」のボタンを押すと、リモコンはピッと鳴った、が、家の方で何かが動いた様子はなかった、その日の夕方、玄関先に知らない爺さんが二人やってきて、「××君、…

空っぽのバス

買い物の帰りに、空っぽのバスを見た、誰も乗っていない、空っぽのバスを見た、空っぽのバスに、夕日が満ちていた、空っぽのバスにおそらく、静寂が満ちていた、運転手の顔は、捨てられた人形のようだった、空っぽのバスが、角を曲がっていった、群れを離れ…

メトロノーム

中学の時、笑わないことで有名な音楽の先生がいた、いつも仏頂面でピアノを弾き、仏頂面で合唱の指導をしていた、嫌な先生ではなかったが、笑った顔を見たことがないというのが災いし、何となく生徒からは避けられていた、ある日の放課後、掃除をしに音楽準…

ごめんよ芋虫

公園に散歩に行き、草の上に寝ころんでしばらく空を眺めていたら、突然何だか心許ない気分になってきたので、まさかと思ってシャツを脱いで確かめてみると、俺の名前の一文字が、芋虫にかじられてなくなっていた、もっとも、名前があってもなくても構わない…

死期がすぐそこまで迫ってきているこの毎日、もっぱらの楽しみは、病院近くの公園に行って、シャボン玉を膨らませて遊ぶこと、子どもの頃から勉強ばかりで、こういう当たり前の遊びを全然してこなかったから、こんなものが新鮮で楽しくて仕方ない、ただ一つ…

鼻ちょうちん

祖母の葬式の最中、どこからかいびきが聞こえてきた。注意してやろうといびきの出所を探ると、祖母の遺影から鼻ちょうちんが出たり引っ込んだりしていた。今はすっかり笑い話になっているけど、その時はなぜかそれを見て親族みんなでわんわん泣いてしまった。

リズム

夜、近所の汚い野良猫が、ゴミ捨て場の前でうるさく鳴いていた。何かいるのかと思い、ゴミ捨て場をのぞき込むと、野良猫の前に、もう壊れて動かないのであろう、シンバルを持った猿の玩具が転がっていた。 ニャ、ニャー、ニャーニャ。 ニャ、ニャー、ニャー…

影、ふとん

夕方、ベランダに干していた布団をとりこもうとしたとき、布団に、小さな女の子の影がしがみついているのを見つけた。私が住んでいる家は、すぐそばに墓地があるので、時々こういうことが起きるのだ。干したての布団の魅力に、吸い寄せられてくるのかもしれ…

ある小さな町の、真夜中の踏切に、おーん、おーん、と穏やかな音が響いている。警報機が、昼間と違うものを迎えるための合図を送っているのだ。遮断機がゆっくり下りてきて、同時に、素晴らしく美しい青色のライトが点滅する。しばらくすると、そこへクジラ…