トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

影が膨らんでいく

夕暮れ時、路地に伸びる自分の影が、いつもより濃いような気がした。 よく見ると、俺の影の中に、一回り小さい別の影が見えた。 俺の影に、影が生まれたようだった。それで濃く見えたのだ。 すると、俺はもうすぐ消えるらしい。俺の影が、次の俺になるために…

影絵

絆創膏ちょうだい。 久しぶりに影絵のキツネなんか作ったもんだから、指、咬まれちゃった。 昔はあんなに懐いていたのにな。

近所に竹やぶがあり、そこに粗大ごみを不法投棄していく輩が後を絶たないのだが、その竹やぶには、時々、古いラジカセの幽霊が出ることがある。 悪さをしたり、脅かしたりはしない。ただごみの山の上にぽわんと浮かび、中島みゆきの「狼になりたい」を延々と…

細胞

煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとし…

もぐら

明け方、新聞配達のために通りかかった飲み屋街の裏路地に、何か小さくてコロコロしたものがいくつも落ちているのを見つけた。 近づいてよく見るとそれは、すぐ近くにあるゲームセンターの、もぐら叩きのもぐらたちだった。アスファルトに体を投げ出すように…

0時

なくな、 猫。 はやくねろ、 猫。 皆、 さびしい。

吸う

長く換気扇の下にいたら、 おっぱいが小さくなっていた。 吸われて、 外へ散ったのだ。 どこかで見かけたら、 コンビニの袋にでも、 詰めておいてください。

アスパラは悪くない

妻が死んだ時に、 医者がやってくるまでの間、妻の顔を覗き込んだら、 妻の瞳にテレビが映っていました。 妻がテレビを受信する人だったなんて、その時、初めて知りました。 料理番組が流れていました。 アスパラを茹でていました。 その時、私は、 明るいス…

いらいら

小便器の前に立ち、用を足している時、 ズボンの中から、舌打ちが聞こえました。 俺のしょんべんは、 そんなにいらいらするのでしょうか。 俺には、わかりません。

アリクイ

朝の台所を、 息子の幼稚園のお洋服を着たアリクイが、うろうろしていました。 私の息子は今日は私の息子じゃないので、 かわりにアリクイを、連れてきて、置いていったみたいです。 * どうしてアリクイなんでしょう。 朝ごはんにトマトを切りましたが、 ア…

チェーン

親友の××君の家があった辺りで、折り紙で作ったチェーンの化石を見つけました。 ××君の、いつかの、お誕生会の時のやつでした。 ××君のお母さんのテンションが妙に高くて、祝われる本人が、すごく恥ずかしそうにしてたのを覚えています。 * 化石を拾い上げ…

砂嵐

蹴らないね。 蹴らないね。 大きく膨らんだ妻のお腹に耳を当てると、 砂嵐の音が聞こえました。

入居前、「いわくつきではあるのですが、実害はほとんどありません」と説明された部屋には、毎日夕方から明け方にかけて、備え付けのベッドの下に、犬のおばけが出る。 丸まって寝ている。 鼻が湿っているのが、悲しい。

色のない雨

カーテンを開けると雨が降っていた。 久しぶりに色のない雨だった。 水のにおいの雨だった。 誰も泣かない雨だった。 今日はお気に入りの靴を履き、うつむかずに外を歩くことができる。 空を覆い隠す分厚い黒雲が、とても頼もしく見えた。

海へかえっていく母の姿を見たとき、初めて母の鱗を美しいと思った。

プルプル

楽しみにしていたおやつのプリンを冷蔵庫から取り出し、スプーンですくおうとしたのだが、硬くてスプーンが通らない。 ああ、忘れてた。電池だ。 台所の戸棚から単四電池を持ってきて、プリンにセットすると、プリンはぷるぷると美味しそうに揺れ出した。 夢…

七時

朝、新聞のテレビ欄に目を通すと、今夜七時からの生放送の番組に、僕の名前が載っていた。「死に顔を予想して豪華景品を当てよう!」 そうか、今週は僕なのか。 いつもの通勤電車に揺られながら、ぼんやりと考える。 あの番組が始まった時から観てたけど、結…

でっかいの

学校からの帰り道、ふいに斜め上の方から飼い犬の鳴き声が聞こえたような気がした。顔を上げた。歯医者のペンチのでっかいやつが、私の家を町から抜いて、空の彼方へと消えていくのが見えた。 それで、その日から、私には帰る家がない。 町は、良くなったそ…

審判

寝ようとしたら母に呼ばれた。「何?」「お母さんのこと、好き?」「え?」「どうなの?」「まあ、好きだよ」 母は複雑な顔で笑った。 翌日、私宛に手紙が届いた。 ものすごい達筆で、「気に入っていらっしゃるようですので、そのまま差し上げます」と書かれ…

濁り(改稿)

まだ私が幼かったある日、母がパートから帰ってくるなりあんたちょっと背筋伸ばしてそこにまっすぐ立ちなさいと言った。母の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は母の言う通りにした。観たいテレビがあったけど。 母はじっとしてなじっとしてなと繰り返しなが…

冬子(改稿)

近所に住んでいた幼馴染の女の子は生まれた時から難しい病気で、それは足の方から肉が少しずつ剥がれ、その一枚一枚が蝶になって飛んでいってしまうというものだった。はじめのうちは二人とも、青白い顔の彼女の親や医者を横目に、その幻想的な光景を面白が…

葉擦れ

時計を見ると午前二時をとっくに回っていた。ベッドに入ったもののなかなか寝付けない。家の傍の公園から聞こえてくる木々の葉擦れの音が、妙に耳に障る。いつもなら気にならないはずなのに、なぜか今日は、葉っぱが風に揺られるその音が、まるで何か悲しい…

結婚記念日なので妻が好きなケーキを買って帰った。しかし妻は亡くなった息子の写真の欠片を口の周りにくっつけたまま、「お腹いっぱいだから」と微笑むだけだった。 その夜は、妻の手を握って眠った。その手は汗ばんでいるのになぜかとても冷たかった。

竜宮城

活け作りを注文する。板前は威勢のよい返事とともに、濁った生け簀に腕を突っ込む。しばらくごそごそと水をかき回した後、生け簀から出てきた板前の手には、小さな酸素ボンベが握られている。「すぐに浮かんできますから」 板前はそう言って爽やかに笑う。傍…

蜥蜴

一年に一度か二度、死んだ妹の夢を見る。 死んだ妹の夢を見た時は、目覚めると必ず何か一つ私のものがなくなっている。 今回は舌だった。 ベッドの下にもパジャマのポケットにも見当たらない。 台所に行って筆談で母にそのことを伝えると、母は「じゃあ今朝…

失恋した友人が髪の毛を短く切ってきた。 彼女の髪の毛の中に、爆弾の導火線が一本混じっていたと知ったのは、それからすぐ後のことだった。

本望

本望本望。 年老いた庭師はそう笑いながら、葉脈に覆われた妻の死体に、ゆっくり鋏を近づけていった。

秩序

春が来て庭の木に花が咲き、花が枯れ、果実が生る。 果実をもぎ、ナイフで切ると、青い香りの果肉の中に、白いドレスの切れ端が埋まっている。 今年はいくつの実があの木に生るのだろうか。 あの木が彼女を全て返してくれるのは、いつになるのだろうか。

ラン

小学校三年生の時、将来の夢を発表する授業があった。 配られた小さな紙にみんなが夢を書き込む姿を微笑みながら見回っていた先生が、僕が想いを寄せていた女の子の手元を覗き込み、「××さんはお母さんになりたいんだ?」と言った。「ううん、なりたくない」…

弔う象

夜の動物園の闇の向こうに、袈裟を着たゾウが消えていく。今夜、何かが死んだのだ。 しばしの静寂の後、遠くから暗闇を押しのけるように、地響きにも似た読経と、荒々しい木魚の音が響いてくる。 サルはそっと耳を塞ぎ、ライオンは夢の中で狩りを続ける。目…