トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

遅れ

「すごく、遅れて、ごめんね」 そう謝る恋人のキスは、線香の匂いがした。

死んだ娘の夢を見た朝はいつも、目から頬へ、涙の筋が、四本、残っている、娘も、泣いてくれているのだ、私とともに、私の夢の中で、私の中で、それが、心を、とてもあたたかく、そして、さびしくさせる、顔を洗う、歯を磨く、線香をあげ、ふいに、また、涙…

リモコン

庭の物置を整理していると、かびくさい箱に入ったよくわからないリモコンを見つけた、何気なく「入」のボタンを押すと、リモコンはピッと鳴った、が、家の方で何かが動いた様子はなかった、その日の夕方、玄関先に知らない爺さんが二人やってきて、「××君、…

空っぽのバス

買い物の帰りに、空っぽのバスを見た、誰も乗っていない、空っぽのバスを見た、空っぽのバスに、夕日が満ちていた、空っぽのバスにおそらく、静寂が満ちていた、運転手の顔は、捨てられた人形のようだった、空っぽのバスが、角を曲がっていった、群れを離れ…

メトロノーム

中学の時、笑わないことで有名な音楽の先生がいた、いつも仏頂面でピアノを弾き、仏頂面で合唱の指導をしていた、嫌な先生ではなかったが、笑った顔を見たことがないというのが災いし、何となく生徒からは避けられていた、ある日の放課後、掃除をしに音楽準…

ごめんよ芋虫

公園に散歩に行き、草の上に寝ころんでしばらく空を眺めていたら、突然何だか心許ない気分になってきたので、まさかと思ってシャツを脱いで確かめてみると、俺の名前の一文字が、芋虫にかじられてなくなっていた、もっとも、名前があってもなくても構わない…

死期がすぐそこまで迫ってきているこの毎日、もっぱらの楽しみは、病院近くの公園に行って、シャボン玉を膨らませて遊ぶこと、子どもの頃から勉強ばかりで、こういう当たり前の遊びを全然してこなかったから、こんなものが新鮮で楽しくて仕方ない、ただ一つ…

鼻ちょうちん

祖母の葬式の最中、どこからかいびきが聞こえてきた。注意してやろうといびきの出所を探ると、祖母の遺影から鼻ちょうちんが出たり引っ込んだりしていた。今はすっかり笑い話になっているけど、その時はなぜかそれを見て親族みんなでわんわん泣いてしまった。

リズム

夜、近所の汚い野良猫が、ゴミ捨て場の前でうるさく鳴いていた。何かいるのかと思い、ゴミ捨て場をのぞき込むと、野良猫の前に、もう壊れて動かないのであろう、シンバルを持った猿の玩具が転がっていた。 ニャ、ニャー、ニャーニャ。 ニャ、ニャー、ニャー…

影、ふとん

夕方、ベランダに干していた布団をとりこもうとしたとき、布団に、小さな女の子の影がしがみついているのを見つけた。私が住んでいる家は、すぐそばに墓地があるので、時々こういうことが起きるのだ。干したての布団の魅力に、吸い寄せられてくるのかもしれ…

ある小さな町の、真夜中の踏切に、おーん、おーん、と穏やかな音が響いている。警報機が、昼間と違うものを迎えるための合図を送っているのだ。遮断機がゆっくり下りてきて、同時に、素晴らしく美しい青色のライトが点滅する。しばらくすると、そこへクジラ…

ぷわり

咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 さすが、新しい病院の、新しい薬だ。気が、利いている。 咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 虹色をぎらつかせながら、病院の天井に、次々と弾けて、消える。 咳をするたび、…

犬と爺さん

からだじゅうに、コードや、ネジや、アンテナや、ちかちか光るランプをくっつけた、ほとんど骨ばかりの犬が、これまたほとんど骨ばかりの爺さんが弱々しく投げたフリスビーを、三十分かけて、くわえて戻ってきた。夕暮れの、さびれた公園での話だ。 本当は会…

涼しい風

気がつくと、消しゴムくらいの大きさになっていた。 窓辺に腰かけて、口笛をふいていた。 蝶が一匹、目の前を通り過ぎていった。 真っ白な羽が優雅に動くたび、全身にすずしい風を感じた。 * 気がつくと、電信柱くらいの大きさになっていた。 公園の真ん中…

イエローサブマリン

海にぷかりと浮かんで、ぼんやりと太陽を眺めていたはずだったのが、気がつくと俺のへそからは潜望鏡が生えていて、わき腹には丸い窓がいくつも取り付けられており、そこに集まって目を輝かせている子どもたちと、骨を伝わって聞こえてくる彼らの笑い声、ご…

勇気

朝起きて洗面所の鏡を覗くと、耳から毛のようなものがちょろっとはみ出していた。俺もいよいよジジイだな、と悲しくなりつつ引っ張ってみると、それは、細くよじれた文字の塊だった。「保険」「お義母さん」「世間」「左目」「スイッチを直して」 そんな言葉…

路地裏で、「秋」 とだけ書かれた自販機を見つけた。 ので 興味本位で千円札を滑り込ませ 一つしかないボタンを押した ら その瞬間 周りの景色がぐにゃぐにゃに揺れ はっと気が付くと目の前に それは見事な銀杏並木が ずっとずっと向こうまで続いていて その…

プレゼント

包装紙とリボンで綺麗にラッピングした丸い雲がひとつ 秋の空をゆっくり流れていった 昨日買ってもらったばかりのおもちゃの飛行機が 何だか急にさみしく見えた

フキダシ

からっぽのフキダシを 両手で揉みながら 公園のベンチにおじいさんが うつむいてこしかけている * もう何も言うことがなくなってしまった かわいそうなかわいそうなおじいさん 少し 長く生きすぎてしまって * しわだらけの掌の中で フキダシが柔らかく崩れ…

象の話をいくつか

【林檎】 大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に? 【少女】 うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほん…

かじる

なあ、 一度でいいから、 ハンバーガーとか、 思いっきりかじってみたかったよ。 俺のハンマーが台所の壁を叩き壊す寸前、赤錆びた蛇口は確かにそう呟いた。

飛行機雲

嘘のように晴れた青空をふと見上げると、飛行機雲がピンと張っていて、そこに洗濯物を干したハンガーがいくつも揺れていた。洗濯物の中には、死んだ息子の、野球部のユニフォームも混じっていた。 あそこなら、すぐ乾くだろうなあ。 そんなことを考えながら…

東京

夕日を浴びて、ぼくの影が、部屋の床に長く長く伸びている。部屋にはぼくひとりしかいないから、影もひとつしかない。ぼくにはそれが寂しい。ぼくは寂しさを紛らわすために、てきとうな大きさに影をちぎって、机の引き出しに半端に余っていた切手をみんな貼…

いいもの

今朝、俺の医者が、俺の舌の裏に、「あたり」の文字を見つけた。こんなものがあったなんて知らなかった。 俺が死んだら、閻魔様が、何かもらえるのかな。 いいものだといいが、俺だもんな。 そんなことを考えていたら、少し、笑えた。死ぬのが、少し、怖くな…

影が膨らんでいく

夕暮れ時、路地に伸びる自分の影が、いつもより濃いような気がした。 よく見ると、俺の影の中に、一回り小さい別の影が見えた。 俺の影に、影が生まれたようだった。それで濃く見えたのだ。 すると、俺はもうすぐ消えるらしい。俺の影が、次の俺になるために…

影絵

絆創膏ちょうだい。 久しぶりに影絵のキツネなんか作ったもんだから、指、咬まれちゃった。 昔はあんなに懐いていたのにな。

近所に竹やぶがあり、そこに粗大ごみを不法投棄していく輩が後を絶たないのだが、その竹やぶには、時々、古いラジカセの幽霊が出ることがある。 悪さをしたり、脅かしたりはしない。ただごみの山の上にぽわんと浮かび、中島みゆきの「狼になりたい」を延々と…

細胞

煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとし…

もぐら

明け方、新聞配達のために通りかかった飲み屋街の裏路地に、何か小さくてコロコロしたものがいくつも落ちているのを見つけた。 近づいてよく見るとそれは、すぐ近くにあるゲームセンターの、もぐら叩きのもぐらたちだった。アスファルトに体を投げ出すように…

0時

なくな、 猫。 はやくねろ、 猫。 皆、 さびしい。