トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

影、ふとん

夕方、ベランダに干していた布団をとりこもうとしたとき、布団に、小さな女の子の影がしがみついているのを見つけた。私が住んでいる家は、すぐそばに墓地があるので、時々こういうことが起きるのだ。干したての布団の魅力に、吸い寄せられてくるのかもしれ…

ある小さな町の、真夜中の踏切に、おーん、おーん、と穏やかな音が響いている。警報機が、昼間と違うものを迎えるための合図を送っているのだ。遮断機がゆっくり下りてきて、同時に、素晴らしく美しい青色のライトが点滅する。しばらくすると、そこへクジラ…

ぷわり

咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 さすが、新しい病院の、新しい薬だ。気が、利いている。 咳をするたび、耳から、しゃぼん玉が、ぷわりととびだす。 虹色をぎらつかせながら、病院の天井に、次々と弾けて、消える。 咳をするたび、…

犬と爺さん

からだじゅうに、コードや、ネジや、アンテナや、ちかちか光るランプをくっつけた、ほとんど骨ばかりの犬が、これまたほとんど骨ばかりの爺さんが弱々しく投げたフリスビーを、三十分かけて、くわえて戻ってきた。夕暮れの、さびれた公園での話だ。 本当は会…

涼しい風

気がつくと、消しゴムくらいの大きさになっていた。 窓辺に腰かけて、口笛をふいていた。 蝶が一匹、目の前を通り過ぎていった。 真っ白な羽が優雅に動くたび、全身にすずしい風を感じた。 * 気がつくと、電信柱くらいの大きさになっていた。 公園の真ん中…

イエローサブマリン

海にぷかりと浮かんで、ぼんやりと太陽を眺めていたはずだったのが、気がつくと俺のへそからは潜望鏡が生えていて、わき腹には丸い窓がいくつも取り付けられており、そこに集まって目を輝かせている子どもたちと、骨を伝わって聞こえてくる彼らの笑い声、ご…

勇気

朝起きて洗面所の鏡を覗くと、耳から毛のようなものがちょろっとはみ出していた。俺もいよいよジジイだな、と悲しくなりつつ引っ張ってみると、それは、細くよじれた文字の塊だった。「保険」「お義母さん」「世間」「左目」「スイッチを直して」 そんな言葉…

路地裏で、「秋」 とだけ書かれた自販機を見つけた。 ので 興味本位で千円札を滑り込ませ 一つしかないボタンを押した ら その瞬間 周りの景色がぐにゃぐにゃに揺れ はっと気が付くと目の前に それは見事な銀杏並木が ずっとずっと向こうまで続いていて その…

プレゼント

包装紙とリボンで綺麗にラッピングした丸い雲がひとつ 秋の空をゆっくり流れていった 昨日買ってもらったばかりのおもちゃの飛行機が 何だか急にさみしく見えた

フキダシ

からっぽのフキダシを 両手で揉みながら 公園のベンチにおじいさんが うつむいてこしかけている * もう何も言うことがなくなってしまった かわいそうなかわいそうなおじいさん 少し 長く生きすぎてしまって * しわだらけの掌の中で フキダシが柔らかく崩れ…

象の話をいくつか

【林檎】 大きくあくびをした嫁の喉の奥から、象の鼻がにょろりと飛び出た。嫁は慌てて口をおさえていたが、もう遅い。見てしまった。いつからなんだろう。まさか、この林檎農家に嫁いできた時にはもう既に? 【少女】 うそだあ。ほんとだよ。うそだあ!ほん…

かじる

なあ、 一度でいいから、 ハンバーガーとか、 思いっきりかじってみたかったよ。 俺のハンマーが台所の壁を叩き壊す寸前、赤錆びた蛇口は確かにそう呟いた。

飛行機雲

嘘のように晴れた青空をふと見上げると、飛行機雲がピンと張っていて、そこに洗濯物を干したハンガーがいくつも揺れていた。洗濯物の中には、死んだ息子の、野球部のユニフォームも混じっていた。 あそこなら、すぐ乾くだろうなあ。 そんなことを考えながら…

東京

夕日を浴びて、ぼくの影が、部屋の床に長く長く伸びている。部屋にはぼくひとりしかいないから、影もひとつしかない。ぼくにはそれが寂しい。ぼくは寂しさを紛らわすために、てきとうな大きさに影をちぎって、机の引き出しに半端に余っていた切手をみんな貼…

いいもの

今朝、俺の医者が、俺の舌の裏に、「あたり」の文字を見つけた。こんなものがあったなんて知らなかった。 俺が死んだら、閻魔様が、何かもらえるのかな。 いいものだといいが、俺だもんな。 そんなことを考えていたら、少し、笑えた。死ぬのが、少し、怖くな…

影が膨らんでいく

夕暮れ時、路地に伸びる自分の影が、いつもより濃いような気がした。 よく見ると、俺の影の中に、一回り小さい別の影が見えた。 俺の影に、影が生まれたようだった。それで濃く見えたのだ。 すると、俺はもうすぐ消えるらしい。俺の影が、次の俺になるために…

影絵

絆創膏ちょうだい。 久しぶりに影絵のキツネなんか作ったもんだから、指、咬まれちゃった。 昔はあんなに懐いていたのにな。

近所に竹やぶがあり、そこに粗大ごみを不法投棄していく輩が後を絶たないのだが、その竹やぶには、時々、古いラジカセの幽霊が出ることがある。 悪さをしたり、脅かしたりはしない。ただごみの山の上にぽわんと浮かび、中島みゆきの「狼になりたい」を延々と…

細胞

煙草に火を点けようとしたが、ライターから現れたのは、炎のように赤い一匹の金魚だった。 金魚はからかうように俺の鼻先を尾びれでさっと撫で、こともなげに空へ昇っていった。 見上げると、頭上遙か高く、陽の光がまるで何かの細胞のような、ぶよぶよとし…

もぐら

明け方、新聞配達のために通りかかった飲み屋街の裏路地に、何か小さくてコロコロしたものがいくつも落ちているのを見つけた。 近づいてよく見るとそれは、すぐ近くにあるゲームセンターの、もぐら叩きのもぐらたちだった。アスファルトに体を投げ出すように…

0時

なくな、 猫。 はやくねろ、 猫。 皆、 さびしい。

吸う

長く換気扇の下にいたら、 おっぱいが小さくなっていた。 吸われて、 外へ散ったのだ。 どこかで見かけたら、 コンビニの袋にでも、 詰めておいてください。

アスパラは悪くない

妻が死んだ時に、 医者がやってくるまでの間、妻の顔を覗き込んだら、 妻の瞳にテレビが映っていました。 妻がテレビを受信する人だったなんて、その時、初めて知りました。 料理番組が流れていました。 アスパラを茹でていました。 その時、私は、 明るいス…

いらいら

小便器の前に立ち、用を足している時、 ズボンの中から、舌打ちが聞こえました。 俺のしょんべんは、 そんなにいらいらするのでしょうか。 俺には、わかりません。

アリクイ

朝の台所を、 息子の幼稚園のお洋服を着たアリクイが、うろうろしていました。 私の息子は今日は私の息子じゃないので、 かわりにアリクイを、連れてきて、置いていったみたいです。 * どうしてアリクイなんでしょう。 朝ごはんにトマトを切りましたが、 ア…

チェーン

親友の××君の家があった辺りで、折り紙で作ったチェーンの化石を見つけました。 ××君の、いつかの、お誕生会の時のやつでした。 ××君のお母さんのテンションが妙に高くて、祝われる本人が、すごく恥ずかしそうにしてたのを覚えています。 * 化石を拾い上げ…

砂嵐

蹴らないね。 蹴らないね。 大きく膨らんだ妻のお腹に耳を当てると、 砂嵐の音が聞こえました。

入居前、「いわくつきではあるのですが、実害はほとんどありません」と説明された部屋には、毎日夕方から明け方にかけて、備え付けのベッドの下に、犬のおばけが出る。 丸まって寝ている。 鼻が湿っているのが、悲しい。

色のない雨

カーテンを開けると雨が降っていた。 久しぶりに色のない雨だった。 水のにおいの雨だった。 誰も泣かない雨だった。 今日はお気に入りの靴を履き、うつむかずに外を歩くことができる。 空を覆い隠す分厚い黒雲が、とても頼もしく見えた。

海へかえっていく母の姿を見たとき、初めて母の鱗を美しいと思った。