トモコとマリコ

超短編を中心とした短い読み物を発表しています。

弔う象

夜の動物園の闇の向こうに、袈裟を着たゾウが消えていく。今夜、何かが死んだのだ。 しばしの静寂の後、遠くから暗闇を押しのけるように、地響きにも似た読経と、荒々しい木魚の音が響いてくる。 サルはそっと耳を塞ぎ、ライオンは夢の中で狩りを続ける。目…

決別

いつお墓参りに行っても、我が家の墓石にだけ子どもの足跡がついていないのが、すごくすごく寂しい。

今朝もぬいぐるみ工場の前にたくさんの子どもたちが並んでいる。 色々な理由で世間から忘れられた子どもたちだ。 彼らはこれからあの工場で、長い時間をかけて体をほどかれ、やがてぬいぐるみを縫う糸になる。 今年もクリスマスの季節がやってくる頃には、お…

帰宅

庭で死んでいた黒い鳥の、大きく開けられたくちばしの中を何気なく覗くと、粘ついた暗がりの中に人間の目があって、こちらをじっと見つめていた。 目は何かを訴えるように二度三度まばたきをして、涙をぽろりとこぼした。 ああ、これは妹の目だ。 去年、飛行…

ライオン

「あの、すみません」 西日の差す席に腰掛けていたライオンはおずおずと前脚をあげ、ウェイトレスを呼び止める。「はい」「あの、30分くらい前に、その……注文したんですけど……」 ウェイトレスはみるみる不機嫌な顔になり、黙って厨房に引き返す。隅に仕掛け…

足音

風呂掃除をしようと扉を開けると、排水口に泥が詰まっていた。 昔私が森で見捨てたあの子の命日が、今年も近づいてきているのだ。

天使

庭で遊んでいたら、蚊に刺された。 値段が下がったと告げられた。 その日の夜、妹に部屋をとられた。

落ち込む出来事が立て続けに起こった日、うつむいて夜道を歩いていたら、突然私の後頭部に何かがぶつかり、ピコン、と小さな音を立てた。 驚いて顔を上げると、排水溝の蓋の隙間から子どもの腕がにょろんと生えていて、手に握ったおもちゃのハンマーを愉快そ…

ひかり

眠っているのかと思うほど綺麗な死体だった。 枕元の遺書には「ちょきんばこにしてください」と書かれてあった。 食い扶持は減ったが、俺は未だに貧しいままで、彼女だけが冷たく肥っていく。

コツ

友人と呑んだ帰り、一人公園に立ち寄って、ベンチで夜風を浴びていた。ちょっとうとうとしてきた頃、ふいに暗闇からやたら背の高い爺さんが現れた。手にはカップ酒が握られており、すっかり出来上がっている様子だった。 爺さんは酒を呑みながら、何かを口の…

フライング

町で一番高いビルの屋上から、帰る家のない男が飛び降りた。 春の明け方の出来事だった。 サイレンの音と光が近づいてくる中、どこからかわらわらと湧き出てきた野次馬の誰一人として、男の背の上で、羽根のちぎれた蝶が泣いていることに気づく者はいなかっ…

ヒーロー

人のいなくなった昼休みの工事現場で、腕に注射器を刺した無人のショベルカーが、黙々と働き続けていた。

春一番

蜘蛛の巣に引っかかって揺れているのかと思って近づいてみると、その蝶は軒下で首を吊っているのでした。

頭の悪い虫

一年間同じ蜘蛛の巣に引っかかり続け、そして結局食われることのなかったその蝶は、蜘蛛が死んだ今も決まった時間に我が家の軒下にやってきては、肩を落として帰っていきます。

かじる

あなたのお墓を少しかじったら、香水と煙草の味がしました。 あなたもあちらで大人になったんですね。 あなたがおばけを怖がっていた姿がいつまでも可愛くて、あなたの去った家の廊下の蛍光灯は切れたままにしておいたのだけど、新しいものに取り替えようと…

花と蝶

今日も公園通りは蝶々の死骸で埋め尽くされ、朝の光にりんぷんがキラキラと輝いている。 花屋に勤めている私のお姉ちゃんは、もう三ヶ月も家に帰っていない。 昨日届いた手紙によると、仲直りはまだまだ先らしい。 今日も私はお姉ちゃんの無事を祈って、折り…

貸し切り

男、女、そして子どものものであろう三本の腕が、人のいなくなった夜の遊園地を這いずり回っている。

水と火

あのバケツですか?いえ、雨漏りじゃありませんよ。 バケツの前に女性の絵が飾ってありますでしょう? 彼女が毎晩毎晩涙を流すので、それを受け止めるためにああして置いているんです。 はじめのうちはいちいちモップで床を掃除していたのですが、あまりにも…

荒野の一人

自由の女神の欠片、モナリザの欠片、西瓜畑の欠片、私の住処の傍を流れる濁った川に、今日も様々な欠片たちが浮き沈みしている。 何もない荒野の中心でひざを抱え、この川を眺めるのが、今の私の唯一の日課だ。 私の欠片は、まだ見つからない。

帰る人たち

近所の公園の隅にある池で水死体が発見された。 今年に入って五人目だ。 以前は何の変哲もないただの池だったが、ある日とつぜん水が白く濁りはじめ、その直後から水死体が頻繁に上がるようになった。 近所の人たちの話によると、死体はみな男性で、一人暮ら…

黄金の街

雨の日が好きです。 私を街に近づけないために撒かれたあの薬が、少しだけ薄まるからです。

四月の夜の夢

私がまだ若かった頃、当時勤めていた幼稚園に泥棒が入ったことがあった。 ちょうどその前日に月謝を集めて金庫に入れたばかりだったので、関係者総出で盗まれたものを調べたのだが、何度確認しても、盗まれたのは園児たちが描いた家族の絵だけだった。 色々…

風に吹かれて

9割引き。 7割引き。 半額。 3割引き 1割引き。 額に重ね貼られた派手な色のシールを一枚一枚剥がしていき、最後に現れた少し湿った肌を指で撫でた後、その人はビルの屋上からゆっくり飛び降りた。

すれちがい

近所の自販機の横にある空き缶用のゴミ箱には、「指をつかまれても無視してください」という注意書きが貼られている。 何度もためらったような煮え切らない文字で、ただその言葉だけが書かれている。 仕事の行き帰りにその自販機を頻繁に利用するのだが、注…

夢で逢えたら

旅行鞄が欲しい、ピアノが欲しい、猫が欲しい、キャットタワーが欲しい。 彼女にそう言われるたびに僕は頭を切り開き、頭蓋骨の隙間に彼女がリクエストしたものを詰めていく。 ドレスやピアスはまだよかったけど、ピアノやキャットタワーになるとさすがにヘ…

レイン、レイン

いつまでもやまない雨にため息をつきつつふと窓の外を見ると、マシンガンを構えたカエルの群れが、向かいの家の軒下に吊されたてるてる坊主を蜂の巣にしていた。

皮と風

ほとんど食べ残された私の皮が、すっかり萎んで流し台に捨てられている。 同じ家にいるはずなのに、もう三ヶ月も彼と顔を合わせていない。 今日も私は出来たばかりの皮を剥ぎ、彼の使っているお箸を添えて、彼の部屋の前にそっと置く。 物音一つしない家の中…

食物連鎖

ワイングラスの中で揺れる私の魂を、その男はしげしげと眺め回していた。 どうやら食べられるところを探しているらしかった。 男は長い時間そうしていたが、振り子時計が鳴る音とともに突然諦めたような顔になり、執事に小さなスプーンを持ってこさせた。 そ…

腕と光

私の左腕は夜になると光り出す。 それは暖かい朝の光だ。 耳を当てれば市場らしき喧噪や子どもたちの声、そしてかすかに波の音が聞こえてくる。 どうやら私の左腕の皮膚の下は、誰かの気まぐれによって、どこか遠い国とつながっているらしいのだ。 左腕の中…

ゆうべの歌

ゆうべの私の鼻歌に誘われてきたらしい一艘の船が、浴槽の残り湯にぽつんと浮かんでいた。 またやってしまった。 船の上の人々は、ぼんやり立ち尽くす私を見上げてぴーぴー何かわめいているが、申し訳ないけど私にはどうすることもできない。 なるべく船の方…